「白の王」の数字感覚

 廣嶋玲子先生の書かれたファンタジー小説「白の王」、いい話だと思う。

『白の王』|感想・レビュー・試し読み - 読書メーター

しかし、重箱の隅をつつくような話だが、私とは数字の感覚が合わない点が三つある。それを書いておく。

人狩りの噂のこと

 死繰り人クラマームがナルマーン王セワード三世に持ち掛けた、人狩りの期限は「次の新月の夜(80ページ)」であった。月の満ち欠けが現実の地球と同じ約30日とは限らないが、任務の内容からしても、(まずは)数十日というのが妥当なところであろう。細かいことを言えば、主人公たちが人狩り部隊にぶつかったのは、新月になる数日前(160ページ)であった。その日数も差し引かなくてはいけない。そのような僅かな日数で、「最近、奇妙な人狩りが砂漠に出没している(153ページ)」と噂になるほどであろうか? ここ二十日程度を「最近」というものだろうか?

骸人形の寿命のこと

 「ふた月ともたず、腐ってしまう(275ページ)」のは短すぎる気がする。作中にほぼ同時期に登場した(つまり、プロローグのものは除く)骸人形は、アイシャを攫った怪物三頭に、美女型のユタラ、エレベーター代わりのニオク、血を抜かれる犠牲者を世話する数体と、十体前後にもなろう。こういうものを作る日数をどう考えるか、だが、魔法使いに売るものも含めて、クラマームはほとんど働きずっぱりで骸人形を作らなければならないのではないか(あるいは、作中には表現されてないが多数の徒弟を抱えた工房でもあるのか)。

血液の量のこと

 暗黒女帝イスルミアが作った魔法の棺は、「巨象を三頭閉じこめられるほど(249ページ)」であった。象一頭が収まる体積を6m×2m×3mとしても、36,000lとなる。三頭であるからさらにこれの三倍となる。それに対し、人ひとりの血液の量は5l程度に過ぎない。「百人以上(300ページ)」程度では、文字通り、桁が合わないのである。

 これも細かいことを言えば、クラマームは生きたまま血液を抜いている。全血液の三分の一を失えば失血死するというから、抜ける量は約2lに過ぎないことになる。とはいえ数回にわたって抜いているから、延べで言えば、という考えもあろう。しかし犠牲者を得てから主人公たちが黒の都にたどり着くまでに日数(月数ではない)の少なさを思うと、魔術的な増血剤でもないと難しいのではないか。

 これは、百人というのはアイシャの見えた範囲だけで他にもいるのか、彼女にとって百という数字がとても多いと同じ意味だとかで、千人単位で犠牲者がいると解釈すべきなのかもしれない。それはそれで、世話係をつくったり管理するクラマームの作業量がすごいことになりそうだが。

 

 ここからは余談である。この魔法の棺は、いわゆる「生き血の風呂」の超巨大版と言えるが、では普通の「生き血の風呂」はどのくらいの容積なのか? 人一人が浅く浸かれる程度として、長さ100cm×幅50cm×深さ30cmとしても、150l、つまり30人分である。飲むや浴びる程度ならともかく、風呂となるとなかなか大変なことが分かる。