SEA-WYF雑感

 「人魚とビスケット」というタイトルの翻訳小説がある。「人魚」と「ビスケット」という仮名の人物が登場する話である。今から書くのは、小説の中身とは関係なく、この「人魚」という言葉についてである。

 この「人魚」、元の語は"mermaid"ではなく"sea-wyf"という聞きなれない語である。作中の説明によると"mermaid"(人魚)の船乗り言葉で、sea-wifeと発音されたとある。この説明が示す通り、wyfはwife(妻)の変形で、つまりは、妖怪風に訳せば「海女房うみにょうぼう」ということになるのだろう。海坊主の親戚みたいなものである。

 さて、ここで振り返ってみると、人魚というのは漢語であり、和語ではない。同じ女怪でも氷雪のあれは「雪女ゆきおんな」である。なら、"mermaid"もmaid(乙女)という語が含まれるのだから「海女うみおんな*1とか(「ユキムスメ」ならぬ)「ウミムスメ」と呼ばれてしかるべきではないだろうか。それがなぜ漢語なのか、「人魚の血」という人魚のアンソロジーでも「人魚」呼び以外見かけなかった覚えがある。不思議なことである。海の女怪は江戸時代以前、民間に根付いていなかった、ということであろうか。

*1:素潜り漁をする女性を指す「あま」という熟字訓があるのは承知している。