ムーンブルク国にて

 設定説明的な番外編です。


 ローレシアの王子ロウガがたき火から顔を上げると、炎の向こうでサマルトリアの王子サスケが難しい顔をしていた。
 「どうかしたん?」
 「そうですね、聞いてもらえますか?」
 サスケはいつも話しかたがていねいだなぁ、そんなことをロウガは思った。
 「ムーンブルクの城を襲った魔物の軍勢ですが、あれらは、どこからともなく急に現れたのではないか、と思うんです」
 「え、ウソだろ!? あいつらロンダルキアから出てきたんじゃないの?」
 ロウガは南を向いた。暗い中にもそちらの地平近くは、星空があるところからふっつり途切れているのが分かる。ロンダルキア周辺の高い峰々が幕のように星の光を遮っているのだ。
 「ですが、誰もその行軍を見ていないのです」
 「え? そんなこと聞いてたの? てっきりムラサキがどこいったのか聞いてるのかと思った」
 ロウガは落城とともに行方不明になった親戚の名前を挙げた。二人の王子は、ムーンブルク周辺で生き残ったわずかな村々を巡って情報を集めていたのだった。
 「もちろん彼女のことも訊いています。
 しかし、あの軍勢がどこからどうやって進撃してきたのか、そこを調べておかないと、いつサマルトリアローレシアムーンブルクの二の舞になるとも限りませんから。
 ロウガ、考えてみて下さい。
 私たちがサマルトリアからムーンペタの町まで、そしてムーンペタの町からこのあたりまで来るのに、食糧から地図や武器の準備まで、私たち二人だけでもどれほど準備しなくてはいけなかったか思い出して下さい。
 数千に上る軍勢となれば、その兵站は大変なものになります。なのに、その形跡がない」
 そんな難しいこと考えていたのか。ロウガは素直に感心した。
 「でもさ、魔物には飛べる奴もいるだろ?」ロウガは丸っこい蝙蝠の怪物ドラキー緑色した飛蜥蜴リザードフライを頭に浮かべた。「あいつらに乗ってやってきたとかは? だって、山だってこえなきゃならないし」
 「ムーンブルク攻めの怪物には飛ぶものはそれほど見かけられなかったそうです。攻められた跡からもそれは窺えました。それに、飛ぶのは歩くのよりずっと疲れる作業です。それはそれで十分な準備が必要なことは変わりありません」
 ロウガの思いつきはあっさり論破された。なんだよちょっと年上でちょっとオレよりかしこいからって、ロウガは少しむっとした。
 「行軍する必要のない軍、それは将軍たちの夢のような存在です。だからこそ兵士たちには国の守りを固めてもらい、自由に動ける私たちがハーゴンを倒す必要があるのです」
 そう言って、サスケはロウガの目をすっと見つめた。
 「おう!」
 わたし「たち」か。頼りにされていることが分かって、ロウガは腕を上げて応えた。