「異次元カフェテラス」松尾由美・著

 悪評は書くものではないと思うが、「異次元カフェテラス」は、かなりマイナーな本なので、あえて記録しておこうと思う。

 この本は松尾由美先生の初めての本であるが、正直言えばあまり面白くなく、無理に探してまで読むことはないと思う。ただ、この本はロック音楽について多く触れられているが、筆者はロックには全然詳しくないので、雰囲気が掴めていないから楽しめないのかもしれない。*1

 あらすじについて触れておく。日替わりの音楽(とマスターの服装)で劇的に雰囲気が変わる奇妙な喫茶店「EASY」*2、そこの常連高校生三人組了子(語り手)・エマ・和明の前に、トンプソンと名乗るオカマのような外国人女性が現れる。トンプソンはエマに望みのままの贈り物三つをする代わりに願いを一つ聞いてもらうというゲームを持ち掛けるが……というもの、もう少し大きな枠で語れば、異邦人が騒動を引き起こしては去っていくタイプの物語である。

 

 さて、なぜ面白くないのか?

滑り出しが良くない

 何故そう感じるのだろう?

 改行が細かくてせいぜい3行で切り替わるのはある。
 一人称で書いていて、自分の名前が嫌いという設定からか、主人公の下の名前が出るのが本文で20ページ目と遅いせいで*3、キャラクターが捉えずらいせいだろうか?

ヒロイン・エマの描写が乏しい

 ストーリーの焦点であり、主人公の親友でもあるエマの描写が乏しい。例えば初登場時の容姿の描写は1行で終わる。主人公からの関心の強さを示すためにも特別性を示すためにも書き込みがもっと要るのではと思う。

構成が良くない

 章立てと、簡単な内容を以下に述べる。

  • 第一章 変な名前の喫茶店
    舞台となる喫茶店とマスター及び三人組の紹介、トンプソン登場。
  • 第二章 日曜日マスターは姿を消した
    マスターが半日ほど不可解な失踪をする。
  • 第三章 エマとかぐや姫
    エマがトンプソンからかぐや姫を模したゲームを挑まれる。
  • 第四章 バイクに乗って現場検証
    一つ目の贈り物が遂行され、トンプソンがある種の超能力を持っていることが明らかになる。
  • 第五章 さらば愛しきウェイトレス
    二つ目の贈り物が遂行される。トンプソンの行動の不可解さが増す。
  • 第六章 駐車場のシンデレラ
    三つ目の贈り物が奇跡のような形で遂行され、トンプソンがゲームに勝利する。
  • 第七章 夜の河原のファンタジー
    トンプソンの願いはエマとの子供を作ることだったが、染色体の相性が合わず諦め、幻のように姿を消す。
  • 第八章 パーティーが終わった後で
    エマとのお別れパーティー。全キャラが顔見せする。
  • 第九章 さよなら、異次元カフェテラス
    マスターは自らと喫茶店の謎を明らかにして、了子に別れを告げる。

 つまり、一章は序章、三章から七章の5章がトンプソンとエマのゲームとそれにやきもきする了子たちの物語、これを挟む二章と九章がマスターと了子の物語で、八章は強いて言えばつなぎである。
 そして、トンプソンとエマの物語と、マスターと了子の物語はほとんど関連してないのが問題である。マスターはトンプソンの物語の間ほとんど傍観者である。また、九章で了子はマスターへの恋心を自覚するのだが、エマとトンプソンの関係に刺激を受けたとかでもない。結局、あの喫茶店はある種のタイムマシンであり、雰囲気がころころ変わるのはそれの直接の影響であり、副作用がトンプソンはじめ奇人変人が集まってくることだという説明のために、二章と九章があるのだろうが、正直そんな取って付けたような理由は要らないし、説明と終幕に文章を割き過ぎだと思う。ネタであるトンプソンとエマの物語にしぼって、コロモをすっきりさせるために舞台は「ただの」変な喫茶店ということにしておいても良かったのではないだろうか。
 いみじくも、85頁で、マスターとトンプソンと、この喫茶店には「宇宙人」が二人いる、と評されている。焦点が二つあっては話がボケるのも仕方がない。

平仄が合わない

 二つ目の贈り物の入手の下りがしっくりこない。なぜかと言えば、奇妙な事件に対して(私が)納得できる解答が与えられていないからだろう。比べれば、一つ目の贈り物は障壁を軽々とすり抜ける奇跡、三つ目は偶然と頓智による一種の奇跡で、どうやってかはともかく何が起きたかは明らかなのである。そこで、まず、作中の出来事を整理してみる。

  1. 二つ目の贈り物に、半年ほど前に潰れた喫茶店「くぬぎ亭」にあったアンティークドールが選ばれる。なお、「くぬぎ亭」の跡はカフェバー「リコシェ」となっている。
  2. 了子ら、「リコシェ」を訪れ、以下の情報を得る。
    1. 「くぬぎ亭」の元マスターの今の居場所。
    2. トンプソンが「リコシェ」を訪れていたが、聞き込みもしないで帰っていたこと。
  3. 了子ら、「くぬぎ亭」の元マスターを訪ねる。
    1. 閉店整理の際、アンティークドールの首が折れてしまったので捨てたという説明を受ける。
    2. トンプソンがマスターを訪ねてきていないことを知る。
    3. ただし、トンプソンの名を挙げたとき、「ビデオの、ポーズボタンを押した時」のような不自然な間があった。
  4. トンプソン、アンティークドールを持ってくる。首は折れていない状態であった。
  5. 了子ら、謎を解くため「くぬぎ亭」の元マスターを再び訪ねるが、彼は前回の訪問の記憶も、人形自体の記憶も失っていた。

 つまり、トンプソンは元の持ち主のところへ訪れてもいない上に肝心のドールが壊れて無くなっていたというのに、壊れていないドールをちゃんと持ってきたというおかしな出来事が起きているのである。

 このことを作中で了子らが推測したところは、一つ目の贈り物のエピソードからしても、トンプソンには集団催眠を掛ける能力があり、その能力を使って「リコシェ」の加藤氏から情報を聞き出し「くぬぎ亭」の元マスターからドールを入手した後、両者に嘘を吹き込んでおいた、というものである。

 これが、筋は一応通っているにしろ素直に呑み込めない理由は四つある。
 まず、一つ目の贈り物の入手の時は、トンプソンは、頼んで貰ってきただけと、自分の行動を隠すことなく明かしていることである。今回も、わざわざ誤魔化さなくてはいけない合理的な理由はないのである。トンプソンはお茶目なので、了子らを煙に巻いたと説明できなくもないが、それでは「くぬぎ亭」の元マスターを再訪した時の健忘症はやり過ぎにも思える。
 二つ目に、ドールの首が折れた下り、元ウェイトレスまで引き合いに出しており、話を作るにしてもやり過ぎで、むしろ真実ではないかと思わせる点である。。
 三つ目に、「リコシェ」の人も「くぬぎ亭」の人も同じように操られたはずなのに、一方は記憶を保ち一方は記憶を失うと不揃いなのが変である。
 最後に、登場人物たちも気づいているが、集団催眠というのは、どんな無茶なことでもそうだったと思わせることができる、ある種万能の能力であって、却って物語というものを成り立たなくさせてしまうものだということである。

 

 まあ、それはそれでトンプソンはわけの分からん怪人であることを説明するエピソードである、と流して読むこともできる。できるが、あえてどうなら私が納得できるか考えてみようと思う。

 ただ、二つの前提を設けることとする。
 まず、トンプソンの超能力は集団催眠のような強力なものではなく、本人が言うところの、他人に「言うことをきかせる」ことができる程度とすることである。。
 また、後段で時間の流れがレコードのように針飛びを起こしたことが語られており、必要があれば説明に加えることとする。

 

 私が思うところでは、トンプソンは「リコシェ」を訪れた後、そこを起点として時間移動し、ありし日の「くぬぎ亭」からドールを取ってきたのではないかと考える。これで、ドールの首が折れていなかったことは説明できるし、「ただ、取りにいけばよかった」というセリフにもそぐう。
 トンプソンは、三つ目の贈り物の件であらかじめ知っていたかのように天候のタイミングを読んでおり、「海の模型」も自らの消失を知っていたかのようにあらかじめ宅配便で届けている。*4ここまでくれば、時間移動する能力か装置かを持っていないと考える方がおかしいと思う。*5
 「くぬぎ亭」のマスターが記憶を失った件も、ドールに最も近い立場にいた彼は、ドールがトンプソンに譲られ二つ目の贈り物としてドールが選ばれなかった世界線から引き寄せられて来たのではないだろうか。一度目彼を訪ねた時の妙な間こそがそのタイミングではないか、というのは強引な解釈か。

平仄が合わない・その2

 八章で突然、金町博士がタイムマシン運転の警察官のようなものであることが明かされる。曰くあってもおかしくない変人なのは登場時点からとは言え、しっかり大きな企業に勤めていた人物がこの役を、というのは唐突にも思える。

 とはいえ、読み返せば、彼の初登場かつトンプソンがゲームを持ち掛ける場面で、何やらノートを取っている。これが伏線なのだろうか?


メモ

 あとがきで感謝を捧げられているのは、編集部・イラストの湯田伸子・「助言してくれた」先輩作家の柾悟郎に対して。湯田伸子(漫画家)は大学SF研究会の先輩のはずだがその点は触れられていないので、この縁で選ばれたのかどうかは不明。生まれが6学年差だから顔を合わせていないのかもしれない。

*1:作者も分かっているのか、テープ(時代である)を送ればサントラを返すとあとがきで書いている。

*2:読みのイージーと異次元がひっかけられている。

*3:名字だけなら3ページ目で触れられる。

*4:宅配便というのはマスターの嘘で、マスターと示し合わせていた、と考えられないでもないが。

*5:私はトンプソンの心を操る超能力の程度は書いたが、超能力が一つとは書いていない。加えれば、彼女の最後のシーンの文字通りの消失も一つの怪奇能力である。