アロイシャスとケルビーノ(付・松尾由美作品の猫たち)

注:この記事を私が書いたのは、「ニャン氏」シリーズ第三巻「ニャン氏の憂鬱」を読む前のことです。


 松尾由美先生の「ニャン氏」シリーズの探偵猫アロイシャス・ニャン(通称ニャン氏)、彼はだいたい真っ黒な猫で、顔の下半分と手足の先とお腹が白いタキシード・キャットなのだけれど、そういえば「ハートブレイク・レストラン ふたたび」で画家の佐伯先生に飼われることになった子猫も、同じ柄で性別も同じ雄だったな、と気づいた次第である。佐伯先生は大家たいかだからそれなりに財産もあるだろうし、老人でもあるから、亡き飼い主から財産を受け継いで資産家になったというニャン氏の境遇に通ずるものがある。

 ただ、問題の子猫の名前はケルビーノで、ニャン氏とは名前が違う。ケルビーノとはオペラ「フィガロの結婚」に登場する少年の名だそうだが、アロイシャスという名は登場しないし、作者名や、著名な演者名でもなさそうである。

 やっぱり、モデルが同じだけな別猫なのだろうか?*1

 ところで、ニャン氏のアロイシャスというファーストネームは何が由来なのだろうと不思議に思ってきた。ニャン氏シリーズはアガサ・クリスティーの「謎のクィン氏」をオマージュしていると思われるからだ。第一話のタイトル「クィン氏登場」が「ニャン氏登場」、語り手のサタースウェイトが佐多*2、主人が謎の死を遂げた屋敷に自動車修理の間の休憩に訪れてきた探偵役、という共通する筋立てと言った具合からである。それならクィン氏のフルネームのハーリ・クィンは道化師という意味の語ハーレクインのもじりだから、アロイシャスニャンも何かをもじったもの、でもなさそうだから困っているのである。

 ニャン氏のペンネームの「ミーミ・ニャン吉」は新美南吉のパロディだとすぐ分かるだけに、ネタがありそうなのにそれが分からないというのはくすぐったいものだ。


2020/9/2 追補

 「憂鬱」によれば、ニャン氏は元は野良猫だったそうなので、ニャン氏がケルビーノの後身という線はないようです。

 


2020/7/22 追記その一

 ハーレクインのフランス語形アルルカンやイタリア語形アルレッキーノとアロイシャスは頭の方の響きが似ているが、それが名づけの理由ならちょっと強引だと感じる。

2020/7/22 追記その二

 ハーレクインというのは猫の毛皮の柄の種類名でもあるそうだが、ほとんど白でしっぽと身体のすこしに柄が入ったもののことで、タキシードとは柄の面積が全然違う別物とか。

猫の模様と色・完全ガイド~遺伝子から見る毛のカラーパターン一覧リスト | 子猫のへや

2020/7/26(以降随時追記) 追記その三 松尾由美作品の猫たち
  • 「ニャン氏」シリーズ
    • ニャン氏:黒と白のタキシードキャット、オス。探偵猫、人語は話せず専属通訳が付いている。
    • サーシャ(第一巻のゲスト):ロシアンブルー(グレー)、動物プロダクションに属するタレント猫。
    • (無名)(第三巻のゲスト):白・ただし右のお尻に蝶のような黒いぶちあり、オス、とある外国の野良猫。*3
  • 雨恋/雨の日のきみに恋をして
    • 捨てられていた子猫たち。人の目には捉えられない幽霊の姿を見ることができる。
      • シロ:白くオスなので大きい。
      • トラ:茶色の縞のメス、シロに比べ小柄。
    • ダイちゃん:白地に黒ブチで豆大福を思わせ、名前もそれに由来する。主人公の後輩が飼っている猫。幽霊を見ることができるかどうかは分からない。
  • 安楽椅子探偵アーチー オランダ水牛の謎
    クレオ(ゲスト):真っ黒で毛につやがありスタイルの良いメス。引き出しを開けるという特技を持つ。
  • 裏庭には
    坂本宅から問題の裏庭に飛び出してきた猫:灰色っぽいまだら。
  • 落とし物
    猫から改良された猫人類
    • 「ぼく」:容姿不明。
    • チャールズ:しっぽの先は黒い。元の名は「ぶち耳」で「ぼく」の従兄、人間風の名前を名乗り眼鏡(ただし鼻眼鏡)をするような変わり者。
  • 九月の恋に出会うまで
    遠山不動産の飼い猫:キジ柄。主人公がマンションに入居するテコとなる。
  • 煙とサクランボ
    (無名):白い。大田垣のペット。
  • ハートブレイク・レストラン ふたたび
    ケルビーノ(ゲスト):黒と白の靴下猫、のどとお腹も白い、オス。
  • フリッツと満月の夜/ぼくと猫と満月の夜
    佐多緑子老婦人から純金の片耳ピアス(と歌手の名)を与えられ、知恵と満月の日に限り人間と会話できる能力を得た七匹の猫たちのうち、作中に登場した二匹
    • フリッツ:大柄な茶色のトラ猫、オス
    • ヒルデ?:ほとんど白で片耳・背中にグレーのぶち、小柄でかわいいメス
  • サトミとアオゲラ探偵
    ミーヤ:主人公の母の実家に飼われていたもの。既に亡くなっており、柄は不明。

 こうして見ると、寡作の割には猫の登場する作品が多い。
 このうち、モデルがいると明言されているのは「雨恋」のペアで、松尾家で幼いころの3か月飼われていたものと、単行本版「オランダ水牛の謎」のあとがきにある。また、彼らが貰われていった先で示したのが、引き出しを開けるしぐさで、これがクレオの特技になったとか。
 「雨恋」と「ぼくと猫と満月の夜」のペアは、柄は同じでも、体格・性別が逆になっている。微妙にずらしたのだろうか?

 ところで、「ぼくと猫と満月の夜」にも「ニャン氏」と同じく佐多という名字の猫と関わり深い人物が出てくる。この佐多老婦人は身寄りがないので「ニャン氏」の佐多くんと直接の縁続きのはずはないのだが、ニャン氏シリーズの方の佐多家の墓はどこか辺鄙なところにあるそうなので、日本海沿いのどこか田舎が舞台となった「ぼくと~」と妙に符合している。知恵を得た七匹の猫たちの子孫がニャン氏で、縁あって佐多一族と再びかかわりを持つということでも一向にかまわない。

2020/8/15 閑話

 「現場猫*4って、毛の色はグレーだけどタキシード柄ではないだろうか。「ニャ!」「推理、ヨシ! とニャン様はおっしゃられています」とやられても困るが。

 さらに「現場猫丸先輩」……猫丸先輩はどんな現場に顔を出してもおかしくないけど、とってもキケンなニオイしかしない。

*1:雨恋」に登場する二匹の猫はモデルがいるそうだ。

*2:第三巻の茶谷(チャタニ)も由来は同じか? そういう目で見ると、佐多の下の名前「俊英」を読み替えたサタシュンエイ、第二巻の田宮宴(たみや・うたげ)のタキュウエンもサタースウェイトを捻ったものに見えてくる。

*3:「ニャン氏の憂鬱」刊行に伴い追記。

*4: 現場猫とは (ゲンバネコとは) [単語記事] - ニコニコ大百科