竜王のひ孫・リュオの導きによって首尾よく「星の紋章」を手に入れて竜王の城へと戻ってきたロトの子孫たち一行であったが……。
「ねえちょっと」
そう言ってリュオを呼びとめたのは、ムーンブルクのムラサキであった。
「はて、なんじゃ?」
「なんじゃじゃないわよ。これ、何かご利益はないの?」
そう言って、ムラサキは銀色の星型のしるしが象嵌された手のひらほどの大きさの金属板――星の紋章――をリュオに突きつけた。
「む? 紋章を揃えれば、精霊ルビス様のご加護が得られるじゃろ?」
「そんなこと知っているわよ!」ムラサキが足を踏み鳴らした。「そうじゃなくて、これ一つでもなにかならないかってこと! あんたが言うくらい紋章が御大層なものなら、少しくらいご利益あったっていいじゃないの!」
その言葉に、脇に立っていた他の二人のうち、ローレシアのロウガはなるほどというようにうなずき、一方サマルトリアのサスケは困った顔をしていた。
「んー、なくはないというか、たぶんできると思うのじゃが……」
「ごちゃごちゃ言ってないで、見せてみなさいよ!」
効果を見せると言うリュオに従って、一行は外に出た。
「まず、これを見るがよい」
リュオは人差指を立てると、ごく短い言葉を唱えた。その途端、指の先が光ったかと思うと、そこに置いてあった岩に赤い光が当たって弾けた。跡には黒い焦げがかすかに残っている。
「いまの、呪文だよな?」
ロウガが仲間二人に確認する。
「そうです。『メラ』ですね」
「小さな火球を作り出す呪文だけれど、威力がなさ過ぎて近頃は使う人もいない呪文よ。で、これが?」
「これは比較じゃ。儂のメラはせいぜいこの通りじゃ。しかし……星の紋章を貸してくれるか?」
リュオは紋章を受け取ると、左手に握りしめた。そして、またメラの呪文を唱えた。右手の人差指が光り、まるで蝋燭のように炎が点った。だが、今度は飛んで行こうとはしなかった。
「これはわざと発射していないのじゃ。そして……」
リュオが左手の星の紋章を右手にかざす。すると、煽られたように炎が大きくなった。ぐんぐんとこぶし大へ、さらに人の頭ほどへと。輝きもまた目を刺すように激しくなり、王子二人はゴーグルを下ろしムラサキは目を細めた。
その火球が押さえきれないかのようにぶるぶるばちばちと火の粉を撒き散らして震えたかと思うと、ぱっと飛び出す。次の瞬間、先ほどの岩が炎に包まれた。燃えるはずのないそれが轟々と燃え盛る。
「……いまのは最強火炎呪文ではない、メラじゃ」使った当のリュオの言葉が震えている。
「すげえ……」これはロウガが漏らした言葉だったが、三人とも自分のものと受け取った。
「なるほど、自然界の力を司る紋章ならではですね」サスケが深くうなずいた。
「すごい、これさえあれば……」ムラサキの目はらんらんと輝いていた。
「ひ孫、もっかいやってよ」
炎が消えるのも待たずロウガがリュオに声をかけた。
「簡単ではないのじゃぞ」
リュオが強張った腕をほぐしながら、苦笑いした。
「えー、もっかいもっかい」ロウガがぴょんぴょんととび跳ねる。呪文を使えない彼だけに、感心も人一倍なのだろう。
「仕方ないのう」
リュオが再び構えた。指に光が点り、それが大きくなる。
だが今度は炎が大きくなる速さも震え方も一回目とは比べ物にならなかった。まずい、と三人が思う間もなく、リュオの胴の真ん前で炎が爆音とともにはじけた。リュオの細い体が吹き飛んで地面にたたきつけられる。
「大丈夫ですか?」
サスケが駆け寄る。その手には、もう回復呪文の光があった。
だが、その目の前でリュオがむっくり起き上がった。多少ふらふらしているが、大きなダメージを受けたようには見えない。
「だ、大丈夫じゃ」
そう言いつつも、リュオはサスケに抱きかかえられつつ回復呪文を受けた。
「あんた、丈夫ね~」
半ばあきれつつムラサキが近づく。と、その目がリュオの服の爆発のあったあたりに止まった。竜王の衣を模したリュオの紫色の長衣が、炎で焦げて青い繊維を見せている。
「それ、雨露の糸じゃない?」
「そうじゃが? 儂の好みじゃ」
サスケにすがりながらリュオが顔を上げた。
「あんたのせいであたしたちはっ!」
「それ、ラダトームの糸屋で売り切れてて、オレたちがドラゴンの角まで探しに行ったやつ?」
「そんだけ丈夫な服なら、これも平気よね」
ムラサキが突き付けた杖の先に光が走る。
「イ、イオナズンは勘弁なのじゃ」
リュオが逃げ出す。
こうして、紋章は危険物として封印されることとなった。
お断り:これは、本編とは多少設定の異なる番外編、になると思います。