松尾由美・著「嵐の湯へようこそ!」の主人公姉妹について

 松尾由美先生の新著「嵐の湯へようこそ!」は、簡単に紹介すれば、ひょんなことで銭湯「嵐の湯」の経営者となった佐久間姉妹の前に押し寄せる、銭湯に持ち込まれる謎・銭湯自体の謎・そして危難……といったところだろうか。とはいえそれは表面だけのことで、重点は姉妹二人とその人間観・恋愛観が明らかになっていくところにあると思う。

 

 さてこの姉妹、先行する「わたしのリミット」*1に原型があると考える。父子家庭と言う境遇、血縁がある二人組の女性(少女)で、年長の方は情緒豊かな一般人、年下の方は理知的で可愛らしい少女という人物造形(特に、前半の「日常の推理」場面でのやりとりは彷彿とさせる)だけではない。莉実と里美(さとみ、リミットの本名)の頭文字を取ったと考えられる、莉央と紗央(さお)という名前がそうだ。*2

 

 

 しかし、基本線は同じであるからこそ違いがはっきりする。莉実と莉央の男の好みの違いは後に述べるとして、リミットと紗央の、自らの優れた容姿に対するあり方や受け止め方の違いが興味深い。リミットは、自らの可愛らしい容姿を追求からはぐらかすのに用いたり、甘えるのに使ったりと、それなりに上手く活用している。*3

 それに対し紗央は、衣服については自分に似合うような少女趣味ともいえるものを選んでいるので美的感覚はあるのだろうけれど、自らの魅力については扱いかねている。二者の違いはそこから始まっている。表情豊かなリミットと、無表情な紗央。表情というのは他者に対する訴えかけだから、それが無いというのはコミュニケーションの拒絶だろう。濃厚で生理的ともいえる恋愛を拒否するのも同一線上にある。

 この紗央と対比するために、莉央の方は恋人(それも顔のよい)がいないと落ち着けない方に性格を持っていかれた、と私は踏んでいる。

 

 それにしても、紗央は一度「ハートブレイク・レストラン」シリーズの変人女性刑事の小椋さんに会わせてみたいものである。

 

余談

 「わたしのリミット」の感想の方で(脚注参照)、松尾由美先生の作品の女性主人公に、一般人キャラとでもいうべき、似たような一群の系譜があると書いた。この主人公と向かい合う、リミット・小椋さん・佐久間紗央という、美貌で理知的で機転が利いて、その分他人の気持ちを察するのが不得意で人づきあいが苦手なキャラクターの系譜も存在するのではないだろうか(キャラクター配置上、主人公との対比の都合かも)。だとすれば、ここに加わるは、デビュー作「異次元カフェテラス」のエマ、「九月の恋と出会うまで」の祖父江さん、「モーリスのいた夏」の芽理沙、「サトミとアオゲラ探偵」のオガタさん(ぱっとする容貌ではないが)あたりだろうか。
 「ニャン氏」シリーズの来栖さんも、美人なのはいうまでもないが、顔に感情が出ない人だし、常にメイド服という空気の読めなさからして、この枠の一員に加えてもいいかもしれない。

 

 ただ、同じ女性二人組が主役となるものでも、「瑠奈子のキッチン」と「ピピネラ」の両作では凡人-奇人美女の枠組みからは外れている。どちらも成人二人の組というのもあるかもしれない。

*1:私が書いた感想(長文)-「わたしのリミット」松尾由美・著

*2:付け加えれば、「央」の字は松尾先生が最初に生み出した探偵である暮林美央とその子どもたち玲央(れお)と沙央(さお)から取ったとも考えられる。

*3:そのリミットも、同年代の少年が自宅に足繫く通ってくる理由が自分にあると思い当たらないあたり、人の気持ちに疎い面があるが。