「リュオさんネコになる」その0

 「性懲りもない」
 顔の周りを蠅が飛ぶ時の羽音のような、微かであっても頭の奥にまで届いてくる不快な感覚に、竜王のひ孫・ロンワンは首をよじって後ろを振り向いた。
 彼が思った通り、「呪い」がそこに浮いていた。常人の目には見えず感じることもできないであろうそれだが、ロンワンの竜の目には鈍く赤色に光る球体に見えた。粘度の高い液体の中を進むかのように、けなげにもじりじりと彼を目指してこちらに向かってくる。竜王の城の結界にひっかかっているのだ。
 「また、姿を変化させる呪いか。何とかの一つ覚えとは言うものだが」
 呪いを掛けてきた相手は分かっている。大神官を名乗るハーゴンだ。こちらはおとなしくしている(せざるを得ないともいう)つもりだが、何が気に障るのか毎日のように呪いを送り込んでくる。力をもつものがよほど目障りらしい。
 さて、感心していてもしょうがない。ロンワンは野良犬でも追い払うかのように、ひらひらと片手の指を動かした。その途端、一瞬前までの鈍い動きが嘘のように、呪いは彼方にすっ飛んで行った。
 「ん?」
 ロンワンは呪いの飛んでいく先に目をこらした。いつもは適当な石くれか何かに吸収させるのに、今回は何の気なしに弾き飛ばしてしまった。まずいものにぶつからなければいいのだが。ロンワンの見つめる中で、呪いは緑色に渦巻くものに飛びこんでいってしまった。
 「あっちゃー」
 ロンワンは渦巻きに駆け寄った。水面に起きる渦が人一人呑みこめるほど大きくなって縦に立ち上がったようなそれは、離れたところ同士をつなぐ魔法の仕掛け「旅の扉」であった。しかもこのロンワンが作った特製の「旅の扉」は、この世界とはちょっと異なる別の世界の竜王の城へとつながっているのだ。その世界には、女の竜王のひ孫がいるのだ。
 さあて、どうなったかな?
 不始末を片づけるために、ロンワンは旅の扉をくぐった。にやにやしながら。