竜王城の危機・その一

 勇者ロトの子孫たち3人が、ついに悪の元凶・大神官ハーゴンを倒すという、最後にして最も険しい征旅に出てより数週間、竜王のひ孫・リュオは毎朝欠かさず、彼らの無事を天なる神と大地の精霊ルビスに祈っていた。
 祈りが終わると、たまらずそおっと様子を窺う、それもまた日々のことだった。
 リュオはわれながら不思議に思った。かつて、彼らと出会う前の自分はずっと一人だったが平気だった。偉大なる竜王様の子孫であり、唯一の後継者である、それで充分だったというのに。
 そこまで考えて、リュオは気付いた。かつて、自分は孤高だと思っていたが、自分の周りに深い溝を作りその底を見つめてそう思っていただけだと。ロトの子孫たちを、その溝を超えて招いたことで、自分も彼らも同じ高さに立っている、ひととして同じ存在だと気付いたのだと。
 その彼らだけを危険な場に追いやり、自分は後方でぬくぬくとしている。そのことをリュオは恥ずかしく、申し訳なく思った。いや、自分はこの城で果たす役目がある。瀬戸一つ挟んだだけのラダトームにちょっと出かけるのとは訳がちがうのだ。しかし……ハーゴンの危険性に気付いた身として、この城の守護は彼らに任せ、たとえ敵わずとも自らハーゴンと戦うべきではなかったのか? いや、負けては意味がない。ロトの子孫たちの可能性に賭けるしかないのだ。リュオの思いは、今まで何度も繰り返した堂々巡りをいま一度繰り返していた。
 そうだ!
 サスケ殿と自分が組んで、ロウガ殿とムラサキ殿に後を任せればよかったのでは! そうすれば……。リュオは自分の思いつきににまにまとした。
 ぐるぐると思いを巡らす間にも、リュオの耳は次第に遠くを捉え始めていた。リュオが意識を集中させるに従い、海の彼方さえ隣の部屋のことのように耳に入る。ムーンペタの町の喧騒や、静まり返ったムーンブルクの城を超え、リュオの意識の焦点は更に遠くへ向かう。今や、ロトの子孫たちは大陸の向こう側・広大なロンダルキア台地の南へと回りこもうとしていた。リュオは考慮していなかったが、そこにいる彼らに注意を向けると、自然とロンダルキアハーゴン一味の動静が捉えられるのだった。それが、リュオを救った。
 ロトの子孫たちに耳の焦点を合わそうとするリュオの努力を妨げる、ハーゴンの吐き気を催す不快な音をリュオは意識から外そうとして、彼女ははっと気付いた。
 ハーゴンの気配が、二つある!
 ぞっとする事態に、リュオは身震いを抑えられなかった。
 慌てて耳をロンダルキアに向ける。
 ハーゴンの存在が発する音は、律動も和音もあったものではないだけに、二つの音色は混然と混ざりあって聞き別け難く、リュオも聞き違いかと信じかけた。だが、その一つがロンダルキアに留まり、もう一つが急速に北上しこちらに向かってくるとあれば、もはや二つに増えたことは間違いようがなかった。
 しかし、どうしてハーゴンが二人になったのか? リュオは一瞬戸惑ったが、すぐに答えを見つけた。二つに分かれた気配の一つはハーゴン自身、そしてもう一つがハーゴンと極めて近しい波動の持ち主、すなわち、直属の部下か何かであろう。そのどちらか分からないが、いよいよこの城を襲おうとしているのだ。このような事態に備えて、自分はこの城に残ったのだ。相手にとって不足はない。リュオは、戦装束を取り出しに走った。その足元で、その周りで、竜王の地下宮殿も震え始めた。この宮殿もまた、難攻不落の迷宮であることを思い出しつつあった。

 禍々しい気配が鳥をもしのぐ恐るべき速さで、刻一刻と竜王の城の方へと向かってきつつある。だが、リュオはまだ落ち着いていた。
 ハーゴン? は、その速さからして、移動の呪文「ルーラ」を使っているに間違いない。そこに理由があった。
 ルーラの呪文と言うものは、決して、一般に思われているような、世界を自由自在に移動できるものではない。使い手がごく少ないのであまり知られてはいないが、土地の精霊と契約を結び、事あれば連れ戻してもらう呪文、それがルーラなのだ。そして、契約を結べるような聖域が整っているところなど、世界でも数えるほどしかない。広大なアレフガルドにもラダトーム一つだけだ。つまり、ハーゴン? は竜王の城に行きたくとも、一旦ラダトームに足を運ぶしかないのだ。そうなれば、ラダトームの軍との衝突は避けえず、消耗も避けられないだろう。時間もかかる。そうリュオは踏んでいた。
 だが……
「?!」
 リュオは顔をこわばらせた。ハーゴン? の移動の方角が思っていたのと違う。ラダトームではなく、まっすぐこの竜王の城へと向かってくる。
 リュオは思い出した。長く住むなど、縁ある土地であれば、契約を結ばずとも精霊の力を借りてルーラで向かうことができるのを。
 今、やってくるのは一体何者なのか? リュオは南の方を見やった。


続き
http://blogs.yahoo.co.jp/ryuougodai/69247533.html


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「帰還の呪文『ルーラ』」http://blogs.yahoo.co.jp/ryuougodai/66424793.html