ラダトームの市場にて(改)

お断り

 この記事は、番外編の一編であった元のものを、本編に組み込むために修正をかけたものです。新作ではなくて済みません。

本文


 「紋章」を求めて南方を巡ること数か月―ーロトの子孫たちは、久々にラダトームへ戻って来た。

 「次は薬草の店?」
 ローレシア王子のロウガが、後ろからくる仲間二人を振り返る。ラダトームの町もすっかりなじみになった。
 「いや、仕立て屋にしよう。ロウガ、そのズボンも上着も私が貸してあげたものだろう? 合うのを誂えなくては」サマルトリアのサスケが指摘する。
 「えー、オレ立ちっぱでいろいろ測られるのヤなんだよ」
 いつの間にかサスケと同じくらい背が高くなったのに、ロウガは子供のように口を尖らせた。
 そのやりとりに、紅一点のムーンブルクのムラサキがクスッと笑った。
 「ロウガだけじゃない、私たちのも誂えなくては」
 そのサスケの発言を、ロウガは聞き咎めた。自分一人だけでも勘弁してほしいのに、三人ともとなれば随分と時間がかかることになる。ロウガは一か所に長いことじっとしていられないタチなのだ。
 「なんだよ、まだ秋だぜ? 冬服にはまだ早いんじゃね」
 「いいえ」ムラサキが短く断ち切ると、その鋭い目を南に向けた。
 「え……あ……あぁ」ロウガも、そしてサスケも視線を揃えた。しばらく見ていてロウガにも判ってきた。ムラサキの目線の先には、ラダトームの港がある。しかし、彼女の見つめるものはそれではない。その先、内海の対岸にある竜王の島でもない。その遥か南、アレフガルドを飛び越えた先、ロンダルキア高地にあるはずの大神官ハーゴンの根城こそがムラサキの焦点なのだ。夏でも白い冠をかぶるその山々に挑むには厚着が必要となるだろう。
 ロトの子孫たちは、思いもかけず感慨を一つにした。

 だが、それも束の間、
 「あれっ」
 なにを見つけたか、ロウガが顔を横に向けた。
 「何? トンボでも見つけたの?」
 「紫の『ムラサキ』がいる!」
 その物言いを聞きつけて、ムラサキは目じりを吊り上げた。
 「ちょっとロウガ、あなた頭巾している人ならだれでもあたしだっていうの!」
 確かに、ロウガの視線の先には濃い紫色の頭巾ですっぽり顔を隠した、裾の長い白い単衣の女性が露店で買い物をしていた。百合のようにすらりとしたその姿、しゃきしゃきした身の動きからすると、まだ若い娘のようだ。実りの秋を迎え数多く並んだ果物をポンポンと叩いている。
 「ねえさん、そろそろ決めてくれないかな?」
 「いい音がするのを選んでおるのじゃから、もうちょっと待つのじゃ。うーむ」
 「ねえ、もしかしてあれ……」ムラサキが隣のサスケに声をかけた時には、ロウガがその頭巾の娘のところへ駈け出して行っていた。
 「ひ孫~、何してんの」
 「誰が貴様のひ孫じゃ!」頭巾の娘は顔をロウガに向けたとたん、びくんと身を反らさせた。「ロウガ殿、なぜここに? 早過ぎる!」
 「ほら、オレの名前しってるじゃん。ひ孫じゃないの」
 「い、偉大なる竜王のひ孫ともあろうものが、ロトの子孫を歓迎するために買い物に出てくるなどあるわけないじゃろ! こ、ここにいるのはリュオではないのじゃ!」
 頭巾の娘、改めリュオはぶんぶんと左右に首を振るとぱっと後ろに跳び下がった。その肩が、後ろにいた人物に押さえられた。
 「誰じゃ! 放すのじ……あ、サスケ殿……」キッと睨みつけた黒い瞳が、みるみる光を失った。
 「今回は帰還の呪文『ルーラ』で戻ったのですが、少し早すぎましたかね?」
 「ルーラ……」リュオがうなだれる。「船旅じゃと思うておったのに……。
 そ、そうじゃ。ルーラということは、お主ら、船を置きざりにしてきてこれからどうするのじゃ」
 追いついてきたムラサキが自慢げに説明した。「ちゃんと、港にあるわよ。サスケがね、船ごと移動できるようルーラを展開する方法を工夫したのよ」
 「なんと!」リュオが、改めて首をよじってサスケの顔を見上げた。サスケは、頭をかじりながら微かに彼女に笑いかけた。

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あとがき


 元あった「ワンピース」という言葉が、外来語が混ざっているのが雰囲気に合わないと思うので変えたのだが、漢字で何というのだろう? "one-piece dress"、訳して一続きになった服、だからって、単衣と書いたのは無理矢理だろうな。というか「ひとえ」は和服の一種だし。

'11/3/9追記
 ネットの類語辞典見てみたけれど、「上下一つながりの服」という意味でのワンピースの類語が出て来なかった。上下揃った衣服一式、という意味でなら「衣裳」とか「拵え」とかいう言葉があるそうだが。それはそうとして、衣裳という熟語は見た目からひらひらしてドレスっぽいなあ。