「あ~、くったくった」鋼の籠手で鎧の腹部を叩いてがんがん音を立てているのは、ローレシアのロウガだった。
「あんたね、少しは遠慮しなさいよ! 仮にも一国の王子なのに乞食みたいに! ホントにあんだけ自慢話しながらなんでそんなに食べれるのよ?」ムーンブルクのムラサキがだらしのない親戚を叱る。
「え~、ムラサキも結構食べてたじゃん。おなか減ってないとか言ってたくせに」ロウガの目がムラサキの、ポコンと膨らんだお腹に向けられる。
「!」ムラサキは顔を赤らめて慌てて両手でお腹をかばった。
「おっ、お菓子に罪はないわ! それに、勧められたものを頂くのは客としての礼儀よ! そうでしょ!」ムラサキは、二人の口争いを一歩引いたところで見ていた彼らの共通の親戚・サマルトリアのサスケに水を向けた。その後ろには、この騒ぎのある意味元凶である竜王のひ孫・リュオが小さくなって着いてきている。
「うん、そうですねぇ」
「でしょう!」勢いに乗ってムラサキがロウガに迫る。
「ええ~」ロウガが泣き声をあげた。
そうこうするうちに前方に光が差してきた。外まであと少しだった。
「の、のうのう、サスケ殿、あの二人、こんな風で大丈夫なのじゃろうか?」
「ああ見えて結構相性はいいんで……ム!」
サスケが言葉を断ち切ると前方を睨んだ。ロウガ・ムラサキも揃って前を見る。大柄な魔獣の叫ぶ声が地下道に響く。地底から湧き上がった妖気にあてられたのか、興奮して騒び互いに相食んでいた怪物たちが、王子たちと言う襲いかかるべき対象をやっと見つけたのだった。
弾かれたように四人に向かって駆けてくる怪物たちに対して、まず先頭に立ったのは、爪の一振りでボロボロにされそうな軽装のムラサキだった。
「幻惑の呪文!」
魔物どもが突如出現した煙よりも濃い霧に包まれる。そいつらが霧から飛び出して来た時には、四人の元へ一直線に向かってきたはずがてんでバラバラになっていた。
替わって前に飛びだしたのがロウガだった。呪文に目標を見失わされて隙だらけの魔物たちなど、ロウガの敵ではなかった。ロウガが大剣を一見無造作に振りまわすごとに、粘土細工のように首や胴を叩き斬られていく。ロウガの手をすり抜けようとした怪物も、ムラサキが振りかざしたいかづちの杖の雷撃にロウガの巻き起こす血の嵐の中に押し戻される。サスケやリュオが手出しする必要もなく、戦闘はあっという間に終わってしまった。
「なんだよ、腹ごなしにもなんねえよ。オレ一人で十分だったんじゃね?」
「調子に乗るのもいい加減にしなさい!」
ひとたび落ち着くと、再びロウガとムラサキのいがみ合いが再開された。
「ほら、ね?」
ちょっと困り顔が入った表情ながら、サスケはリュオに笑いかけた。
長身のサスケを見上げるリュオが、装備に目を止めた。
「ロウガ殿は伝説のロトの鎧にロトの盾にロトの兜、ムラサキ殿が羽織っておるのも丈夫な水の羽衣じゃろ? サスケ殿が纏っておられるのは並みの身かわしの服、せめて鎧でも着てはどうじゃ?」
「残念ながら、私は重い鎧を着ておいてなお素早く動く、なんてロウガのような真似はできませんからね。なあに、当たりさえしなければどうってことないですよ」
「そういうものじゃろうか……?
そうじゃ、ロンダルキアと一言でゆうても随分と広大、しかも彼の地には味方は一人もおらぬ。どうハーゴンめの根城までたどりつくつもりじゃ?」
「リュオさんから頂いた地図があればなんとかなりますよ。もし本当に危機に陥ったら」
「陥ったら?」
「移動の呪文でとっとと逃げるとしましょう」
「何ばか言うておるのじゃ、サスケ殿」リュオはクスリと笑い声を零した。
「それにしても、さっきから随分と私たちのことを心配して下さっていますが……、もしかして、リュオさんは私たちを行かせたくないのですか?」
虚を突かれて一瞬喉を詰まらせたリュオは、詰まりを弾き飛ばすように口角泡を飛ばして言い返した。
「そなたらは儂の剣じゃ、槍じゃ、敵に向かって放たれる矢じゃ! そなたらを征かせずして、どうやってロンダルキアの彼奴を始末すると言うのじゃ!
け、けっしてそなたらが心配だからではないのじゃ。彼奴をどうにかしてもらわねば、儂が枕を高くして寝られないからじゃぞ!」
そこまで言い切って、リュオは紅潮した顔を見られるのを嫌がるようにサスケからそっぽを向いて、続きをぼそぼそとつぶやいた。
「……無事に戻ってこないと……儂はまた一人になってしもうではないか」
その肩に、サスケの手が置かれたのをリュオは感じ取った。
「ルビス様の加護、竜王の守護、その二つがあって、敗れるはずがありません」
静かなサスケの宣言、人一倍鋭いサスケが、「世界の中心」で示された大神官ハーゴンの威力を感じ取っていないわけではない、完全な自信などあるわけないのだ。それでも、今はリュオのために断言してくれているということがリュオにも分かった。
了承のしるしに頷くと、はずみに熱いものが目じりからあふれた。