「影をなくした男」シャミッソー・著

 「わたしのリミット」作中で触れられていたので、何か新しい発見がないかと読んでみた。なお、登場したのは「子供向けの本」だが、私が読んだのは岩波文庫版である。

 結論から言えば、「リミット」の読み方が変わるようなことはなかった。作中のあらすじは良くまとまったものだと思う。主人公と悲恋に終わるミーナに注目しているのが特徴的と思わなくもないぐらいである。

 それはそれとして、この話はなかなか興味深い。影を弾みで売っぱらってしまった主人公だが、そのこと自体に喪失感を感じた風がない。人として持ってしかるべきものである影を失くしてしまった主人公を、周囲の人という人が嫌悪し糾弾し社会から爪弾きにされることで、やっと取り戻そうという気になった感がある。また、影がないことを(それほど)気にしない従者のベンデルやミーナといった人物も出てくる(犬のフィガロもそう)。世が後者のような者ばかりなら、影を買い取りのちにそれを魂と交換しようとした「灰色の服の男」のたくらみは失敗し主人公は楽しく世を生きたろうということを思うと、「影」は「人種」とか「前科」とかの差別のもととなるような属性の象徴ではないかと思うのも無理はない。

 また、「灰色の服の男」がドラえもんばりに、ポケットからありえない大きさのものを次々と取り出したり、金貨がいくらでも出てくる金袋や隠れ蓑、影を切り取る手管といった魔法を使ったりするのも面白い。しかしそれよりも興味深いのが、そういった奇跡を次々と演じながら、彼自身は全然目立たないことができるという奇妙さである。なにしろこの男を探しに行った従者ベンデルも、のちには主人公自身も、男が正体を明らかにするつもりがなければ彼だと認識できない風なのである。これも、ドラえもんオバQといった見るからに怪しいはずのキャラクターが変とも思われない藤子不二雄の日常系漫画の世界に通じてなくもない。