四訪竜王城(その3)

 「じゃが、それが今は助けとなる」
 こんな腐れ風が好都合って、どういうことなの? ムラサキの問いただすような視線を向けた時は、リュオは動き始めていた。
 紫の長衣の襞の間から、流れるような動きで三重の旋律とともに取り出されたものは、預けられていたロトの印と、星の紋章・水の紋章、それらのいずれでもなかった。いや、そのいずれでもあるのかもしれなかった。リュオの手に握られていたものは、その三つが一つになったものだった。元のロトの印の周囲に、二つの紋章が何の補強もなくもとからそうであったかのようにくっついていた。
 「残りの紋章をお借りしたいのじゃ」
 サスケが、このたびの冒険で手に入れてきた、太陽・月・命の三つの紋章をリュオに手渡す。リュオは、もと、ロトの印であった部分の周囲の空いている所に、馬蹄形した三つの紋章をつぎつぎと嵌め合わせた。すると、それらも元からそうであったかのようにくっついていった。できあがったのは、元のロトの印より一回り大きい円い形のもの、暗い中かすかに紋様に光が走る様は、一輪の大きな華のようだった。
 「へえ~」ロウガが声を上げる。「それが、えっと、せいなる守り? きれい? だけど、う~ん」
 ロウガが年上の親戚二人の顔を窺う。「聖なる守り」をじっと観察するサスケ、リュオのなすことを疑わしそうに見ているムラサキ、魔法の力を持つ二人にも、特段感じられるものはないようだ。
 「これは、世界の雛型なのじゃ」
 もったいぶって一言だけ説明すると、リュオは用意の祭壇に「聖なる守り」を供えた。
 「こほん……」リュオは一息継ぐと、節をつけて文句を唱え始めた。
 「精霊ルビス来たりし前、暗き混沌雲海のごとくたゆたいたり」
 地の底、闇蟠る魔界は大神官ハーゴンの執拗な呪言によって、掻きまわされた炉のように煽られていた。リュオの言葉はその熱を解き放つものだった。
 「あれは!」サスケの指さす先、裂け目からごぼりと闇色の風が湧きあがり、怒涛が寄せるように祭壇とリュオを呑みこんだ。
 「リュオさん!」サスケの叫び声が響く。目を見開く三人のところに、リュオが諄々と落ち着いて唱える文句が聞こえてきた。
 「三辰ありて、世を照らす」
 闇の幕の向こうで、燃え上がる炎、閃く光、爆ぜる光弾、三様の火が点って視界が晴れていく。祭壇に供えられた三つの燭台が煌々と輝く。闇の水位が退がる中から、面覆いを捲れ上がらせたリュオの白い顔が覗く。見れば、渦を巻いて轟々と闇が「守り」に吸い込まれつつあった。
 「三渉あらわれ、世を満たす」
 リュオは今度は三つの器に次々と注いでいった。一つ目の器に何を注いだかは三人の目には捉えられなかったが、他の二つには透明な液体と赤黒い液体が注がれた。
 闇はぐんぐんと吸い込まれ、祭壇とその前に立つリュオの姿がはっきりと見えるようになってきた。
 「守り」に刻まれた紋様が炯々と光っている。
 「かくして世界は生まれたり」
 そこで、リュオの声の調子が変わった。歌うような調子から、呼びかけるような力を込めた声になった。
 「天地の作り手・精霊ルビス世界に在るならば
 世界在るところ、また精霊ルビス在れ!
 我が声に応えよ! 精霊ルビス!」
 「守り」の光が輝きを増す。その光がふわりと「守り」から抜け出たかと思うと,ぼんやりとした人型をとった。常盤木の緑した、ゆるやかで女性的なその姿に、思わず4人は息を詰まらせた。
 「……わたしを……わたしを呼ぶのは誰ですか……わたしは、大地の精霊、ルビス……」ルビスの声は声のようで声ではなかった。優しい光とともに、彼女の意思が心に染みわたってくるのだった。
 「ルビス様!」サスケが一歩踏み出して呼びかけた。
 ゆらゆらと光る影の注意が、三人に向けられる。
 「お前たちは……ロトの子孫たちですね。わたしには、わかります……」
 無事ルビスを呼びだせたことに、誇らしげに唇の端を持ち上げるリュオに、ルビスが向き返った。
 「そして、お前は……わたしのお友だち、竜の女王の子孫ですね」
 「わ、儂が? 偉大なる女王、の?」
 ルビスが口にしたことはロトの子孫たちにとって意外なことだったが、リュオ本人にとっても思いがけないことらしかった。
 「……ええ……わたしがロトに救われてより、長い長い歳月が過ぎたようですね。女王の血筋もひとときは闇に堕ちたようですが……お前は女王の血を伝えるもの、間違いありません」
 ルビスの姿が微かに明るくなる。目鼻立ちの判別しがたい影のような姿であったが、ルビスはリュオに感慨深げに微笑を向けたようだった。
 やがて、ゆるりとルビスは再びロトの子孫たちの方へ向き直った。
 「……わたしが呼び出されたということは……いよいよ、ロトとの約束を果たせる日が来たということですか?」
 ルビスの悠長な話し振りに、苛立ったムラサキが口を挟もうとしたが機先を制したのはサスケだった。ロウガは脇で一人、約束ってなんだろう? と首を傾げていた。
 「そうです! 大神官ハーゴンに抗し得る力を、我々に貸し与えて下さい」
 「……約束を……果たせないかと思っていました。……わたしの加護が必要な時は……いつでも、この守りに呼びかけなさい……」
 それだけ言い残すと、ルビスは三人を、そしてリュオの顔を改めて注視したかと思うと、ふっと「守り」に吸い込まれるように消えた。
 「やー、すごかったねー」ロウガがうんうんとうなづいた。

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