三訪竜王城(その二)

 「待たせたのじゃ」
 リュオが、角のついた黒い兜にゆったりした紫の長衣、重量感あふれる黄金の鎖飾り――つまりは竜王の装束に着替えて、しずしずと広間に戻ると、席に座っていたローレシアのロウガがプッと吹き出した。「なに笑ってるのよ」年上らしくたしなめるムーンブルクのムラサキも、釣られてクスクスと笑いだす。もう一人、サマルトリアのサスケは困ったように二人にちらちらと視線を投げている。二人とも、さきほどまでのリュオのドラゴン着ぐるみ姿が思い出されて笑っているのに違いない。確かにちょっともっさりしてぶかっこうだったが、そんなに笑わなくてもいいではないか!
 「コホンッ」
 リュオが咳払いすると、やっと二人とも笑うのはやめた――少なくとも声に出して笑うのは。ロウガなど、まだ笑いで顔がくしゃくしゃになったままである。
 「改めて申すのじゃ――皆、よくもまた無事にこの陋屋までやってきてくれたのじゃ。しかも二つも集めてくるとは、大したものじゃ」
 「おうよっ!」ロウガが元気よく応えた。「このロトの盾にロトの兜、伝説のブキが2コってすごいだろ!」鮮やかな青色をした盾と兜を両手に掲げてロウガが自慢した。先ほど突撃を受けた時は迫力に目にも入らなかったが、両方にある翼を広げた鳥の形の白い紋章は、確かにロトの紋章である。
 「どっちもサマルトリアの――サスケのおかげじゃない。あんたが自慢することじゃないでしょ」ムラサキが呆れたように突っ込む。サスケは苦笑している。
 だが、リュオは吃驚していた。話が食い違っている。
 「そ、それは大したものじゃが……儂が言いたいのは武具のことではないのじゃ」
 怪訝な目が集中する。
 「……紋章のことじゃ。
 儂の伝えた一つ以外も集めてくるとは、流石じゃのう」
 リュオの言葉を聞いて、ロトの子孫たちは互いの顔を見合わせた。
 「ちょ……あんたなにボケてんのよ」
 「そうです。私たちが今持っている紋章は、星の紋章と、ムーンペタで手に入れた水の紋章だけです」
 サスケが、二つの紋章を机の上に取り出した。紋章は、どちらも同じ、要の部分が欠けた扇型をしている。
 「もしや……」
 二つを揃えてみたことで何かに気づいたらしい。サスケはロウガの荷物袋を広げると、別のものを一つ取りだした、
 「それじゃ!」
 サスケがいま手にしたので当たりだということは、リュオには、リュオだけに聞こえるかすかな紋章の響きで分かった。
 「え、でもこれって……」
 「そうだ、これは違うぜ」
 そのものに刻まれた、ロトの武具や三人の衣装にあるのと同じ翼を広げた鳥の紋章、それは、「ロトのしるし」だった。サマルトリア王家によってアレフガルド南東部にある「聖なる谷の神殿」に奉納されたロトのかぶとを引き取るのに、ロト三王家の許可の証として持ってきたのであった。
 「いえ、見て下さい」
 サスケは丸いロトのしるしを机に置くと、そこに紋章を寄せた。扇形した紋章の欠けた中心部に、丸いロトのしるしはぴったりとあった。こうして並べてみれば、意匠と言い地となる金属の色と言い、この三つが元は一つのものであったのは明白だった。
 三つの紋章は、揃ったことを喜ぶかのように妙なる音色を奏でだした。
 「これは、どういうことでしょうか」
 「お?」
 サスケの尋ねる声に、リュオはつむっていた目を開けた。サスケの、ちょっと困惑した顔が目に入る。しもうた、紋章の合唱に気を取られておった。
 「んー、そうじゃな」
 一族の始祖の名を冠した秘宝であるというのに、子孫には伝わってなかったらしい。ちょっともったいぶってリュオは説明を始めた。
 「この『ロトのしるし』が、ロトの勇者が手に入れた時は別の名で呼ばれておったことは知っておろうな?」
 勇者の子孫三人がうなずく(うち一人は明らかに他の二人にあわせてだったが)。
 「『聖なる守り』ね。精霊ルビス様から頂いたと聞いているわ」ムラサキが答える。
 「そうじゃ。そしてその『聖なる守り』はのちの『ロトのしるし』と同じものだと思われておるが……」
 「違うと?」意外な事実に、サスケが目を見張る。
 「厳密にいえば、そうじゃ。『建国王』コロウが手にした『ロトのしるし』は『聖なる守り』の中核部に過ぎぬ。『聖なる守り』は歳月の間に六つに分かたれておったのじゃ。それが、『紋章』じゃ。
 『紋章』をすべて集めて『聖なる守り』を復活させれば、ルビス様を召喚ぶ(よぶ)こともできよう」
 リュオは、重々しく語った。
 ほー、と広間に響く息をのむ音に、リュオは得意満面だった。
 その雰囲気を破って、ロウガが大音声で口を開いた。
 「ねえ、コロウって『竜殺し』の勇者と同じ名前だね」
 「竜殺し」の言葉に、リュオは思わず顔を強張らせた。その言葉が嫌で、あえて避けたというのに……。
 「バカ…」ムラサキが額を押える。
 「ロウガ、同じ人間ですよ」サスケがロウガを部屋の隅に引っ張ると、小声になって説明した。「でも、リュオさんの前でその称号は口にしないように、あのひとは竜王の子孫なんですよ」
 そこまで言われて、無神経なロウガにもやっと分かったようだった。すぐに駆け戻ると「ごめん」と頭を下げた。
 「いや、いいのじゃ。事実は事実じゃ」リュオはそれでも口調から苦々しい物を除くことはできなかった。部屋の隅では、サスケもまたこちらに向かって頭を下げていた。気にしてはいない、と目で伝えながらも、リュオは改めてサスケたち三人と自分とが仇敵同士の間柄であることを思い出していた。

あとがき

 ずいぶん前のネタですが、やっと使える日が来ました。……2007年、だと?