竜王の城へ

 海沿いの峠を越えると、緑の平原の先に、灰色の小さな影が見えてきた。ローレシアのロウガ・サマルトリアのサスケ・ムーンブルクのムラサキの、勇者ロトの子孫たち三人が一歩一歩あゆみを進めるたび、その影は次第に大きさと細かさを増し、甍を連ねた街並みやその町に寄り添うように立つ城が姿を現してきた。
 「おおーい、あれが『ダラトウム』か?」「な~んか、この島って『ふいんき』がなつかしいっつーか、ほんとうに広野を行くって気分になるな―」「あの町けっこう大きそうだな、ローレシアよりでかい?」
 先頭に立つロウガが一人先に駈け出して都城を指さしては、急いで駆け戻ってきて埒もない質問を繰り返す。サマルトリアのサスケはそのたびに丁寧に答えるものの、後ろを行くムラサキのことをけっして忘れずちらちらと様子を窺うのだった。
 「大丈夫ですか? もう少しで町ですから、着いたら休み取りましょう」
 「いちいち心配しないでよ! あんな体力バカと比べられたら困っちゃうわよ!」

 せっかく港町ルプガナで船を手に入れた彼らがわざわざ陸路を旅しているのは、理由がないでもなかった。
 ルプガナで、その東にあると言う島国アレフガルドとその首都ラダトームの話を聞いた一行は、大神官ハーゴンの居所を求めてともかく訪れてみることにした。一行のリーダー・サスケは船でそのまま乗りつけるつもりでいたのだが、船出してすぐ見えてきたアレフガルドの本島に、「上陸しよう、すぐ上陸しよう!」とロウガが騒いだこと、それにムーンペタからルプガナまでの長旅のせいか、船酔いで苦しそうなムラサキの様子に、上陸を決めたのだった。アレフガルド諸島を南に大きく回りこまなくてはラダトームまで行けない海路に対し、陸路ならほんの数日でそこまで行けるはずだった。

 ラダトームの都が彼らの視界の中で着実に大きくなるにつれ、その向こうに広がる青い大きな帯のような、アレフガルド内海と、その内海唯一の島「竜王の島」もまた彼らの目に入ってきた。
 「あれれ?」
 幾たびめかサスケのところに駆け戻ってきたロウガが、不思議そうな声をあげて一方を指さした。
 「なあ、あれ、竜王の島、だよな」
 緑に満ちたこちら側と違い、岩山だらけで鋭角な印象を与える竜王の島を、片腕を上げて大きく指しながらロウガが確認を求めた。
 「それに違いないですよ。私もじかに見たのは初めてですが、話に聞く竜王の島そのままですね。まるで地上に現れた魔界のような……」
 サスケの解説をロウガは無造作に遮った。
 「竜王って倒されたんだよな?」
 「あんた、あたしたちのご先祖様をなんだと思ってるの?」
 追いついたムラサキがロウガにツッコミを入れた。ロトの血を引く勇者コロウが竜王を倒したのもローレシアサマルトリアムーンブルクの三王国を築いたのもれっきとした史実である。
 「じゃ、あれは何だ?」
 ロウガは竜王の島の一角、右手と左手から伸びる山脈が、まるで両腕のように、気色悪い沼地を取り囲んでいるあたりを、腕をぐるぐると回して大げさに指し示した。なるほど、そこにあるのは、一見、崩れかけの岩山のようだったが、ちょっと角度を変えて見ると、砦か城のようにも見えるのだった。
 「竜王の城、ですかね?」
 サスケの一言は、今の三人の感想の見事な要約だった。

 ラダトームに着いた一行は、さっそく竜王の城について聞きこみに回った。だが、結果は芳しくなかった。アレフガルドの人々は、この国が、近年最大の英雄であるロトの血を引く勇者と、その生涯を彩る華ローラ姫の出身地であることを誇りに思い、その子孫である三人を歓迎してくれはした。だが、竜王の城については、そこにあるのが当然という感じであまり興味を持っていない感じだった。どうも、ただの廃墟に過ぎないと考えているらしい。
 ムラサキが苛立ってこぼす。「まったく、ここの人たち、なんだかんだと伝統やら歴史やらっていうくせに、二度あることは三度ある、ってことが分かんないってなんなの!」
 それを耳にして、ロウガが腕組みして年上の親戚たちにたずねた。「その、二度とか三度ってなんのこと?」
 心底分かってないようなロウガのセリフに、ムラサキがガーッと一言吠えたかと思うと、早口で説明した。「あのね、あんた、勇者ロトぐらい知ってるでしょ? あたしたちの遠いご先祖の! で、その勇者ロトの敵の大魔王ゾーマがあの城にいたの! それが一回目! で、竜王もあの城にいた、それが二回目よ!」
 ロウガはムラサキの剣幕に少々腰を引かしながらも、さらに口を開いた。
 「じゃ、三回目で、ハーゴンがあの城にいるってこと?」
 「そんな都合のいい話があるわけないでしょ!」そう言いつつも、自分の発言が備えていた思いがけない可能性に、ムラサキは竜王の城の方に目をやった。ありえない、ありえない、と思いつつも、もはや一度確かめずにいられない様子だった。
 サスケは、親戚二人のやり取りを見つつ思った。二度あることは三度ある、確かにそうだが、今回は違いそうだ。何故なら、ゾーマ竜王のどちらも、それぞれの目の黒いうちは、今、彼らの眼前にある内海を猛烈に荒れさせて船の一隻も渡させようとしなかったのに、現在は魔物が出現するとは言え、強引に航海することは無理ではないからだ。とはいえ、彼らが故郷ロト三国から出発して以来、今まで全然手掛かりを得ていないのも事実、可能性のあることならなんでも当たってみるしかない。
 「行ってみましょうか」
 「え?」サスケの一言に、ムラサキが振り向いた。「ま、何もないと思うけど、サスケが言うなら行ってみてもいいわよ」
 ロウガの方は、冒険に出れるならどこだろうと文句はない。三人は竜王の城に行ってみることとした。

 海を渡るには当然船がいる。彼らは港近辺の船乗りや漁師・貿易商を当たってみた。いずれも口当たりこそ柔らかいものの、船を出すと快諾してくれる人はさっぱり出なかった。
 夕暮れの中、歩き疲れ、気疲れした三人は、波止場でしばし休憩した。
「結局、ラダトームの人って、自分たちの歴史が好きなだけなのよ!」とはムラサキが口をとがらすのに耳を貸しながら、サスケの目はロウガを探していた。この時間になっても、一人、ロウガだけが元気いっぱいで知らない土地にはしゃぎまくっている。
 と、青い稲妻のようにロウガが駆け戻ってきた。
 「面白いものみつけたぜ!」
 「面白いものって何よ? 明日じゃいけないの?」足も重たげにムラサキが問い返す。ロウガはそれにいやな顔もせず親戚二人の袖を引っ張った。
 ロウガが連れてきたのは、港の外れの灯台だった。灯台守に一声かけて、三人は灯台のてっぺんに登った。
 「ほら、あれ見てよ!」
 ロウガの指さす先、海を挟んで南東の方はるか、竜王の島を成す岩山がしだいに低くなって鳥のくちばしのように伸びる先、同じように反対側から伸びてきた陸地との間に、何かが架かっていた。
 「あそこって、勇者ロトや、勇者コロウが『虹のしずく』を使ったという場所じゃない?」
 「橋、みたいですね」
 どうだと言わんばかりに胸を張るロウガの前に、サスケもムラサキも感心せざるを得なかった。橋について船乗りたちに改めて聞きに回ったところ、そこには確かに橋らしきものが架かっているが、竜王の島に渡るようなもの好きはいないそうだった。なぜ教えてくれなかったと憤慨するムラサキは訊かれなかったからと返答されさらに怒りを募らせた。
 
 ロトの子孫たちはラダトームの北の山脈を迂回し、毒の沼地に入るとその中の隧道を潜り抜け、西へと向かった。竜王の島と向かい合う岬の先、そこまで道もないと言うのに、突然、石造りの立派な橋が出現した。
 「なかなかしっかりしていますね、これ」
 足元を踏みしめて感触を確かめつつ、サスケが橋について評価した。狭い海峡を通り抜ける激しい波が橋脚を洗っているにも関わらず、ぐらつくようなことはなかった。
 ほとんど使われた形跡もないこの橋の先になにがあるのか、三人は対岸を見据え、この先の城のあるじのことに想像を巡らすのだった。

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お断り:このSSは、いつもの「竜王のひ孫と」のキャラクターを使っていますが、設定は別です。このSSの竜王のひ孫はリュオではありません。 [DQ2の転回点][竜王の島への橋]で触れたことをSSに仕立てたものです。

また、この竜王の城へのルートばかりでなく、(ラダトーム→)聖なるほこら→旅の扉ネットワーク→ベラヌール北のほこら→ベラヌール、という陸路ルートが整備されていることも考慮に入れると、アレフガルドを陸路で冒険、というのが想定されていたのでしょうか([旅の扉(DQ2)]を参照してください)。


雑記 2013/11/22

この竜王の島への橋のたもとには、
「この先、心のやさしい竜のうちです。
どなたでもおいでください(以下略)」
という看板が立ってたりするかもしれない。

構想メモ 2013/11/25

1、アレフガルド上陸。音楽が懐かしいな。
2、ラダトーム到着
3、あ、竜王の城が! どうやって行こう? 船に乗ってくれば良かった!
4、あれ、橋があるよ?
5、おお、行ける行ける。