「私のリミット」IFルート

 これは、松尾由美先生の小説「わたしのリミット」の二次創作で、具体的には第四章の途中から別の流れに入るまでのところです。なぜこんなものを書こうと思ったのかは、私の感想記事のうち、「IFストーリーを考える」の節をお読みください。

 

 わたし、坂崎莉実がリミットと衝突してしまった翌日、下校途中に深見が話しかけてきた。

 堀先生のことがひとしきり話題になったあと、

「これから、まっすぐ家に帰る?」深見が突然別のことを言い、

「えっ?」堀先生のことを考えていたわたしはあわてて、「ううん、病院に行く。リミットのお見舞いに」

「リミット?」

 まずい、変なことを言ってしまった。

「入院している子のあだ名なの」わたしが、最低限の説明だけして話題を切り上げようとする。それなのに、

「前に聞いた、坂崎がパジャマを持って行った女の子のこと?」深見は、構わず食らいついてくる。

「うん、そうなの」

 深見がうなずく。「いいあだ名だな」

「ええっ?」わたしが思ったところでは、ひとの呼び名とするにはあんまりふさわしくないものなのに。「どうしてそうなるの?」

「ええと、そりゃあ――」深見は、お愛想で口にしただけで深く考えていなかったらしく目を白黒させたあと「ほら、リミットって期限のことだろ? 入院に期限があるってことは、調子よく治って、無事退院できるってことじゃん」

 口から出まかせとも思える深見の回答だったが、わたしは嬉しくなった。こうしてみると、昨日はとげとげしい雰囲気になってしまったけれど、わたしはリミットのことが嫌いではないのかもしれない。

「それで、その、リミットって子はどんな子なの?」

「それはね――かわいいけどちょっと変わった子なの。話し方がね、なになにだわ、とか、なになによ、とか言うし。趣味は編み物だし」

「お嬢様なんだろうか?」深見が首をかしげる

「それよりも」リミットの素性について深く訊かれたくなくて、わたしは強引に話を続けた。「とっても頭がいいの。ほら、あの三着のパジャマの謎とか、わたしの傘を矢島くんが持って行った時のこととか」

 深見は、私の話すリミットの謎解きを興味深く聞いていた。自分の説が批評されるくだりには少し顔をしかめていたが。

「へえー、すごいな。それで、そのリミットちゃんの本名はなんていうの?」

 深見の質問に、わたしは心臓を掴まれたような痛みを覚えた。

「――あ、プライベートなことだもんな。坂崎、ごめん」

 気が付くと、目じりから涙まであふれていた。深見はただただおろおろしている。

「いいの、気にしないで」思わず深見に心悩ませてしまい、わたしはすまなく思った。

「気にしないで、たって」

「それよりも、聞いてくれる?」ここまでリミットのことを話してしまったなら、もうすべてを聞いてもらって、彼女の謎について一緒に考えてほしかった。駅のベンチに二人で腰かけると、わたしはリミットの現れたときの不可解ないきさつや、開かずの間の焼却炉の中から来たのではないか、という突飛な思い付きまで話した。

 深見は、ちょうど矢島くんの話を聞き終わったあとと同じように、しばらく口を閉じて考えた末に、ゆっくりと口を開いた。

「俺が、考えるに、確か坂崎のうちってお化け屋敷って言われるぐらい古い家だったよな?」

「どうして知ってるの」わたしの出した声は、まるで悲鳴のようだった。なんてことを言いだすのだろう。わたしはあの時と同じような鋭い推理を期待していたというのに。

「坂崎と同じ小学校のやつから聞いたんだよ」深見はわたしから目をそらして、ぼそりと口にした。

「――だから、なんで、そんなこと聞いたりするの」余計なことを。私は頬が熱くなる。

「それはともかく」わたしが食ってかかるのを押し流すように、深見が話を戻した。「そういう古い家、それも開かずの部屋みたいな不思議のある家ときたら」

「だから、他人の家を幽霊屋敷みたいに言わないで」

深見はわたしの抗議に構わず話を続ける。「――秘密の抜け穴とかあっても、おかしくないじゃん。それが、坂崎の言っていた謎の暖炉」

 なんだか、深見みたいな、男の子が好きそうな漫画や冒険小説に出てきそうな話だ。

「なに言い出すの。うちはそんな大層な一族じゃないよ」少なくとも父の方はそうだ――母の方はどうだろう?

「で、だ、その抜け穴は、えらーい人のお屋敷につながっている。つまり、坂崎の家の方は脱出口ってわけだ。

 リミットちゃんは、その家のお嬢様。それが何かの事件で逃げてきたんだよ。それなら、靴の件とかも納得だろ。それに、身を隠すとなったら病院というのはよくある手だよな。そして、坂崎の父さんはリミットちゃんを逃がすための囮とか、主人、つまりリミットちゃんの父上をボディーガードしているとか」

 なんだそれは。わたしの父は忍者か工作員だというのだろうか。どうみても平凡なおじさんだというのに。いやそれこそ偽装で。――いやいやいや、わたしまで深見の少年ロマンに毒されてどうする。

「なんか、信じてないみたいだな」深見が、ちょっと失望したような目で私を見た。

「そりゃあ、ちょっとじゃなく変だから」

 わたしの言葉に、深見はますますへこんだ表情を見せた。そこから急に力強く、

「それなら、その、『開かずの部屋』だっけ。そこに入ってみれば一発で俺が正しいって分かるぞ」

「だから、鍵がかかっていて開かないんだって」大声を出してきた深見に、私も言い返す。

「鍵が何だっていうんだ。扉を壊せばいいだろ。ハンマーでものこぎりでもいくらでも手はある。そりゃあ坂崎はいい子だけどさ、そこのところ、親とかリミットちゃんになめられているんじゃないかな。そんな強引な手段には出ないって」

「自分の家じゃないからって、無茶苦茶なこと言わないで」

 私にきつく反論されて、深見はしぶしぶ口を閉ざした。でも、彼はあきらめたわけじゃなかった。

「――なら、ドアを壊さなければいいんだな」

「そうだけど、どうするの」

「これはほかの人には黙っていてほしいんだけど」声は潜めているくせに、深見はなんだか少し自慢げだ。「地園田団地に住んでる友達に習ったんだ。しまった鍵を開ける方法、俺、知っているんだよ」