ロトの子孫たちと、竜王のひ孫・リュオは改めて卓を囲んだが、気まずい雰囲気が辺りを覆ってしまっていた。誰ひとり新たに口を開かず、茶を啜る音だけが響く。
そこに切りこんだのは、ムーンブルクのムラサキだった。
「ねぇ、あん……リュオ」いつものように「あんた」と呼びかけ始めたところを、名前で呼び直す。「紋章は全部で六つって言うなら、あと三つだけど、在りかはわかった? 確か調べるって言ってたわね?」
水を向けられて、リュオもおずおずと口を開いた。
「も……、もちろんじゃ。調べはついておる。地図を、出してもらえぬか?」
リュオの求めに、机に地図が広げられる。
「そう、残りは三つ。……とはいえ、うち二つについてはそなたらにも見当がついているのではないか、と思うのじゃ。
まず……」
リュオの真珠貝のような爪が、南海に一列に並ぶ島々の一つを指す。
「……ここ、炎の神殿じゃ」
「そこよね、すごい護符が祀られていることで有名なのは」ムラサキがうなずく。
次にリュオが指さしたのは、ローレシア王国からいくぶん離れた、大きな丸っこい島の首都だった。
「デルコンダル?」母国の隣国の名を、ローレシアのロウガが読み上げる。
「あの国の王も、護符を手に入れたと喧伝してましたね」サマルトリアのサスケは、ちょっと疑わしそうに噂話を披露した。辺境にあるためか、デルコンダルは自国を自慢することのおおいお国柄であった。
「そして……」
リュオの指は大きく東(左)に動いた。指は、海を横切り更に進む。その動きが止まった場所に、ロトの子孫たち三人の目を見張った。リュオの指は、ロンダルキア台地を取り囲む大山脈の、南のふもとの一点を指していた。そのあたりには、町もなにもない。
「なに、ここ?」ロウガのセリフはシンプルだったが、三人の、いやリュオ本人も含めた四人全員の気持ちを代弁していた。
「分からぬ。じゃが、紋章がそこにあるのは間違いないのじゃ。それに、そこからは邪(よこしま)な気配を感ずるのじゃ」
サスケが、推測を口にする。
「ここはロンダルキアの外周にあたります。おそらく、ハーゴンの一味が外に出撃する時の根城かなにかがあるのではないでしょうか? 彼らはそこに紋章を隠しているのでしょう」
「つじつまは合うわね」ムラサキが賛意を示すと、すっくと立ち上がった。「よし、行きましょ」
「も、もう行ってしもうのか?」急な言葉に、リュオは思わず声を震わせた。
「ええ、三つもあるとなればぐずぐずしてられないわ」獲物を与えられた猟犬のように目を光らせるムラサキを、抑えることはできそうになかった。
「紋章をすべて揃えたら、またここに戻ってきますよ。リュオさん以外の誰が『聖なる守り』を元に戻せるというんです?」
いや、儂ではなくとも、優れた神官ならできるはずじゃ。寂しかったが、それがリュオの判断だった。
そのリュオの手をサスケはとると、手のひらに三つのものを握らせた。星の紋章と水の紋章、さらに、ロトの印。
「こ、こんな大事なもの……」リュオは喉を詰まらせた。
「それ、ウチのなのに」ロウガがすねた声を出すが、無視された。
「いいんですよ。これでじっくり研究してください」慰めをくれるサスケの、少し困ったような微笑みを見て、リュオは気持の踏ん切りがついたような気がした。
「ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ待つのじゃ」
リュオは、準備の品を取ってくると、三人に渡す。
まず手渡されたロウガが、卵型の薄い板状のものをつまんで首をひねった。「これ、なに?」
「魔物の巣へ向かうそなたらの力に少しでもなればいいのじゃが……これは、『竜の鱗』じゃ。身につけておれば、竜の魔力がそなたらを守ってくれよう」
「ひ孫の?」
ムラサキに渡していたリュオは、ロウガの勘違いに苦笑した。
「儂のではない。儂の、父上の形見じゃ」亡父の遺骸の一部であるこの鱗を渡すのは、どうしても心苦しい物があった。
「でも、ひ孫が『王女の愛』くれっとはびっくりしたよ。ありがと」
「そう、『王女の愛』……」最後に渡そうとサスケと向かい合ったところで、リュオは体が急に固くなるのを感じた。
「王女の愛」という言葉は、もともとはローラ姫が最愛の勇者コロウに渡したお守りを指していたが、今は、この故事にあやかって、長旅に出る人に渡すお守りを指すものになっていた。とはいえ、渡される相手は恋人に限らず身近な人なら誰でもかまわなくなっている。ロウガはその意味で使ったのに違いなかった。
なんでもないのじゃ、落ち着くのじゃ。リュオはちょっと息をついた。そして、自ら付けさそうとサスケの真っ直ぐな首へと手を伸ばしたところで、リュオはそれに気付いた。サスケの首には、もう既に一本鎖がかかっている。
「どうしました?」
リュオの手が止まってしまったことにサスケは一瞬不審がった。
「あ、これですか? 邪魔じゃないですよ」
サスケは先にかかっていた鎖を片手で引っ張った。はずみで、襟の中から丸い形のお守りが飛び出してきた。伝統的な形の「王女の愛」であった。大きさこそ扱いやすい小さい物であるものの、手の込んだ細工品である。
そういえば、この王子は一度故郷にもどったのであった。そこなら、貰う相手には事欠くまい。
不器用ものなんて思われたくないのに、手が震えて、首の後ろで結ぶだけの紐がなかなか締まらない。
「なにもたもたしてんのよ」結局、いらついたムラサキが紐を奪うとさっと結んでいった。
「手が滑る時もありますよ」サスケからにこやかに笑いかけられると、リュオも目じりが溢れたものを拭いて笑うしかなかった。
その動きがサスケにリュオの捕えられた目線を気付かせたらしい。サスケは、問わず語りに話しだした。丸い「王女の愛」を二本の指でいじくる。
「これ、妹から貰ったんですよ。どうしても持って行けってうるさくて」
にこやかな声は、言葉に反してけっして迷惑がっていないことを示している。仲の良い兄妹なのだろう。
その声を聞きながらリュオは思った。そうか、妹なのじゃな。どうしたことか、リュオは心に休まるものを感じていた。
そこに切りこんだのは、ムーンブルクのムラサキだった。
「ねぇ、あん……リュオ」いつものように「あんた」と呼びかけ始めたところを、名前で呼び直す。「紋章は全部で六つって言うなら、あと三つだけど、在りかはわかった? 確か調べるって言ってたわね?」
水を向けられて、リュオもおずおずと口を開いた。
「も……、もちろんじゃ。調べはついておる。地図を、出してもらえぬか?」
リュオの求めに、机に地図が広げられる。
「そう、残りは三つ。……とはいえ、うち二つについてはそなたらにも見当がついているのではないか、と思うのじゃ。
まず……」
リュオの真珠貝のような爪が、南海に一列に並ぶ島々の一つを指す。
「……ここ、炎の神殿じゃ」
「そこよね、すごい護符が祀られていることで有名なのは」ムラサキがうなずく。
次にリュオが指さしたのは、ローレシア王国からいくぶん離れた、大きな丸っこい島の首都だった。
「デルコンダル?」母国の隣国の名を、ローレシアのロウガが読み上げる。
「あの国の王も、護符を手に入れたと喧伝してましたね」サマルトリアのサスケは、ちょっと疑わしそうに噂話を披露した。辺境にあるためか、デルコンダルは自国を自慢することのおおいお国柄であった。
「そして……」
リュオの指は大きく東(左)に動いた。指は、海を横切り更に進む。その動きが止まった場所に、ロトの子孫たち三人の目を見張った。リュオの指は、ロンダルキア台地を取り囲む大山脈の、南のふもとの一点を指していた。そのあたりには、町もなにもない。
「なに、ここ?」ロウガのセリフはシンプルだったが、三人の、いやリュオ本人も含めた四人全員の気持ちを代弁していた。
「分からぬ。じゃが、紋章がそこにあるのは間違いないのじゃ。それに、そこからは邪(よこしま)な気配を感ずるのじゃ」
サスケが、推測を口にする。
「ここはロンダルキアの外周にあたります。おそらく、ハーゴンの一味が外に出撃する時の根城かなにかがあるのではないでしょうか? 彼らはそこに紋章を隠しているのでしょう」
「つじつまは合うわね」ムラサキが賛意を示すと、すっくと立ち上がった。「よし、行きましょ」
「も、もう行ってしもうのか?」急な言葉に、リュオは思わず声を震わせた。
「ええ、三つもあるとなればぐずぐずしてられないわ」獲物を与えられた猟犬のように目を光らせるムラサキを、抑えることはできそうになかった。
「紋章をすべて揃えたら、またここに戻ってきますよ。リュオさん以外の誰が『聖なる守り』を元に戻せるというんです?」
いや、儂ではなくとも、優れた神官ならできるはずじゃ。寂しかったが、それがリュオの判断だった。
そのリュオの手をサスケはとると、手のひらに三つのものを握らせた。星の紋章と水の紋章、さらに、ロトの印。
「こ、こんな大事なもの……」リュオは喉を詰まらせた。
「それ、ウチのなのに」ロウガがすねた声を出すが、無視された。
「いいんですよ。これでじっくり研究してください」慰めをくれるサスケの、少し困ったような微笑みを見て、リュオは気持の踏ん切りがついたような気がした。
「ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ待つのじゃ」
リュオは、準備の品を取ってくると、三人に渡す。
まず手渡されたロウガが、卵型の薄い板状のものをつまんで首をひねった。「これ、なに?」
「魔物の巣へ向かうそなたらの力に少しでもなればいいのじゃが……これは、『竜の鱗』じゃ。身につけておれば、竜の魔力がそなたらを守ってくれよう」
「ひ孫の?」
ムラサキに渡していたリュオは、ロウガの勘違いに苦笑した。
「儂のではない。儂の、父上の形見じゃ」亡父の遺骸の一部であるこの鱗を渡すのは、どうしても心苦しい物があった。
「でも、ひ孫が『王女の愛』くれっとはびっくりしたよ。ありがと」
「そう、『王女の愛』……」最後に渡そうとサスケと向かい合ったところで、リュオは体が急に固くなるのを感じた。
「王女の愛」という言葉は、もともとはローラ姫が最愛の勇者コロウに渡したお守りを指していたが、今は、この故事にあやかって、長旅に出る人に渡すお守りを指すものになっていた。とはいえ、渡される相手は恋人に限らず身近な人なら誰でもかまわなくなっている。ロウガはその意味で使ったのに違いなかった。
なんでもないのじゃ、落ち着くのじゃ。リュオはちょっと息をついた。そして、自ら付けさそうとサスケの真っ直ぐな首へと手を伸ばしたところで、リュオはそれに気付いた。サスケの首には、もう既に一本鎖がかかっている。
「どうしました?」
リュオの手が止まってしまったことにサスケは一瞬不審がった。
「あ、これですか? 邪魔じゃないですよ」
サスケは先にかかっていた鎖を片手で引っ張った。はずみで、襟の中から丸い形のお守りが飛び出してきた。伝統的な形の「王女の愛」であった。大きさこそ扱いやすい小さい物であるものの、手の込んだ細工品である。
そういえば、この王子は一度故郷にもどったのであった。そこなら、貰う相手には事欠くまい。
不器用ものなんて思われたくないのに、手が震えて、首の後ろで結ぶだけの紐がなかなか締まらない。
「なにもたもたしてんのよ」結局、いらついたムラサキが紐を奪うとさっと結んでいった。
「手が滑る時もありますよ」サスケからにこやかに笑いかけられると、リュオも目じりが溢れたものを拭いて笑うしかなかった。
その動きがサスケにリュオの捕えられた目線を気付かせたらしい。サスケは、問わず語りに話しだした。丸い「王女の愛」を二本の指でいじくる。
「これ、妹から貰ったんですよ。どうしても持って行けってうるさくて」
にこやかな声は、言葉に反してけっして迷惑がっていないことを示している。仲の良い兄妹なのだろう。
その声を聞きながらリュオは思った。そうか、妹なのじゃな。どうしたことか、リュオは心に休まるものを感じていた。
あとがき
書いたあとになって分かりましたが、要は渡していいタイミングが違うだけでバレンタインのチョコの同類ですね。義理だと決まったわけじゃないですよ?次は、「ラダトームの市場にて」をちょっと修正して本編に組み込むつもりです。