再訪竜王城

 「こ、こんな所になんの用じゃ? 紋章は手に入れたのじゃろ?」
 大灯台で星の紋章を手に入れたのち、ロトの子孫たち3人は反転・北上してアレフガルドの中央まで戻った。目的地は竜王の城跡地である。周囲に広がる沼地を超え、城跡を再び訪れた彼らの前に立っていたのは、竜王のひ孫・リュオであった。しっかりと竜王の衣装である青い長衣と左右に角のついた兜を身に付けている。
 「な、なんじゃ儂はちょっと散歩に出てきただけじゃぞ」
 「……」ロトの子孫たち3人は思わず互いの顔を無言で見合わせた。また行くとは言っていたとはいえ、その時期など約束も連絡もしていない。それなのに、なぜ待ち構えたようにここにいるのか? そもそも彼らが戻ってきたのも、大灯台で老人に化けた魔物に騙されかけたことから、なにかしら陰謀があるのではないかと確認するためであった。
 「怪しい! 絶対に怪しい!」ぼそっと呟いてムーンブルクのムラサキが柳眉を逆立てる。
 その剣幕を感じたのか、リュオは急に一行に近づいてきた。その片手が手提げ袋に突っ込まれる。
 (なんだっ?)(むむっ)(来たわねっ!)
 3人が3人とも神経を尖らすその目の前に取り出されたのは、白い布きれであった。
 「さ、これで服を拭くのがよいのじゃ!」リュオは自分一人だけ泥ハネもない綺麗な格好であることに、気まずさを感じたらしかった。

 「こんな吹きさらしなところで立ち話もなんじゃろ?」
 目を反らしがちにリュオが言う。てっとり早く問いただしたかった一行であったが、先制された形となってしまった。リュオに連れられて一行は地下迷宮に入ることになった。
 もしリュオが敵ならば、当然ワナや待ち伏せがあるはずである。一行の足は自然と鈍り口も無言となった。リュオは無防備な背中を見せて先頭を歩いて行く。どういうわけか、モンスターが一向に出現しないことも却って不気味だった。
 「皆、どうしたのじゃ?」
 リュオが怪訝そうに振り向く。その背後に、キラッと目が光った。
 「出たっ!」
 ローレシアのロウガの叫びにリュオが正面に向き直る。その前に、闇の中から蛇が何十匹も丸く絡み合ったような怪物が現れた。蛇どもの胴体の間から覗く一際大きな目が、死んだような視線をこちらに向けている。メドーサボールと呼ばれるモンスターだった。
 「中級閃熱呪文ベキラマっ!」
 リュオが攻撃呪文を唱えると、手にした杖の竜の首が熱線を吐いた。
 「ダメだっ!」
 熱線はみごとにメドーサボールを捉えていたが、肉の焦げる臭いを漂わせながらもメドーサボールは未だその体を蠢かせながら突進してきた。
 「ベギラマっ! ベキラマぁっ!」
 怯むことなくリュオが呪文を連発する。さすがにタフなメドーサボールも床に転がる消し墨となっていた。
 「ふうっ」リュオが息をついた。「すっかり掃除したとおも……いや、なんでもないのじゃ」

 結局それ以外モンスターの出ることもなく、地下宮殿に4人はたどり着いた。
 「さて、お茶でも飲むのじゃ」
 4人分のティーセットがすでに用意されたテーブルに、リュオが座るように3人を促した。
 「まったくどうしたのじゃ?」
 まだ立ったままの3人に、急須と菓子を手に戻って来たリュオが訝しげに尋ねた。
 ムラサキがサマルトリアのサスケをちらっと横目で見た。
 ロウガがサスケを肘でドスっと音がするほどの勢いで小突いた。
 顔をしかめて前に出たサスケが行ったのは、テーブルに着くことだった。残り2人にも着くように促す。ニコニコするリュオを囲んで、お茶会が始まった。
 「うンまいっ!」
 ロウガが舌鼓を打つ。
 「そうじゃろそうじゃろ。代わりはいくらでもあるのじゃ。船の人たちにも、おみやげに持っていくといいのじゃ」
 「本当に美味しいですね。これ、苺味がさっぱりしていていいですね」
 ピンク色をした泡のような柔らかい菓子を匙ですくいながら、サスケも褒め称えた。
 「そうじゃ、すり潰した苺をたっぷり入れてあるのじゃ」
 リュオが胸を張る。
 「生菓子は腐りやすいのに、大丈夫でしょうね?」
 味のことには文句を言えずに黙って匙を口に運んでいたムラサキが、ここぞとばかりに突っ込んだ。
 リュオがすぐさま反論する。「今朝作ったばかりだから、大丈夫じゃ!」
 その言葉に、サスケの目が光った。
 「こんなにたくさん朝から……準備、大変だったでしょう」
 「そうなのじゃ」持ち上げられて気を良くしたリュオがうんうんと首を振った。
 「やはり……」冷やかなサスケのセリフに、リュオは匙を片手に持ったまま背を強張らせた。
 「ど、どういう意味じゃ? やはりとは」
 「リュオさんは、私たちの居場所が分かるのでは、と言うことです」

 「え、あ、えっと、その、そのぅ……その通りじゃ……」
 言質を掴まれてはどうにもならない。リュオはうなだれて指摘を認めた。
 一転、サスケは温かい言葉をリュオに掛けた。
 「それで安心しました」
 「え?」リュオが大きな瞳を白黒させる。
 「居場所が分かるのに待ち伏せも何もない、逃げもしない。それはリュオさんが私たちの味方だという何よりの証拠です。
 実は、『大灯台』でだまし討ちされましてね」
 「儂を疑っておったというわけじゃな! しっけ……い、いや、それも当然じゃ」
 一瞬荒がった声が、すぐ尻すぼみになった。自分が人間を害した竜王の子孫であるということを、リュオは思い出したらしかった。
 「さて、リュオさん。頼みがあります」
 「なんじゃ、なんでも言うのじゃ!」リュオが身を乗り出す。
 「他の4つの紋章の場所も分かりませんか?」
 「任せておくのじゃ!」濡れ衣を晴らすにもより積極的に献身するしかないと、リュオは立ち上がると奥へと走り出した、と急に振り返った。「ちょっと待つのじゃ! 調べるまで、決して奥に来ては駄目なのじゃ!」そう言い残すと、リュオは扉の陰に姿を消した。
 「なんなんだ?」ロウガが首をかしげた。

 「もう、ロウガ、いい加減にしなさいよ。もうそれで3皿目でしょ」
 「いくらでも、ってひ孫も言ってたじゃないか!」ムラサキのたしなめに、ロウガが皿を抱え込むようにして言い返す。
 「あんたは限度ってものを知らないの!」
 「ん、ちょっと待って下さい」サスケが割って入って、2人の言い争いを押えた。「何か聞こえるような」
 「綺麗な音ね、歌声かしら?」ムラサキが、建物の奥の方に目をやる。
 「違うぜ!」ロウガが、荷袋を指さした。「何か、唸ってる」
 ロウガは荷袋に飛び付くと腕を底の方まで突っ込んだ。
 「こいつだ!」長方形をくいっと丸くひん曲げたような形の金属板を取り出す。星型の紋章が象嵌されたその金属板が、確かに歌を奏でていた。
 「オレ、こいつ時々音立ててるって思ってたんだ」
 「でも、なぜ今奏でだしたのか……」そう言いつつも、サスケの目は時折建物の奥に向けられた。
 星の紋章は、高く低く、大きく小さく、同じメロディーを何度も何度も美しく繰り返していたが、しばらく経つと不意に鳴るのを止めた。静けさがあたりを包む。
 いったい何があったのか、訝しむ3人の前に、のっそりと、リュオが耳のあたりを押えて戻って来た。
 「すまぬのじゃ……」
 大音を聞かされた後のように、目がうつろでふらふらしている。
 「ひ、一つしか分からなかったのじゃ。紋章は、南東じゃ。きっと、ムーンペタの町に……」
 「感謝します。お茶でも飲んでください」サスケがカップを差し出す。
 リュオの震える目が、ロウガが手にしている星の紋章に捕えられた。
 「そ、そうかそのせいじゃったのか。近くで聞く山彦がこんなにうるさいとは思わなんだ……」
 「山彦?」サスケが問い返す。しかしリュオはまともに聞いていなかった。
 「済まぬのじゃ。次の紋章の場所は、今度までに調べておくのじゃ……。儂は、少しやすむ……」
 「リュオさんっ」「ひ孫っ」「ちょっとっ」
 3人の制止が聞こえる様子もなく、リュオは奥に閉じこもってしまった。

 仕方なく、3人は船に戻った。
 「どういうことかしら」ムラサキが、細い顎に手を掛ける。
 「山彦……『山彦の笛』という魔法の道具のことを聞いたことがあります。その笛を吹くと、紋章から音がこだましてくるのだとか」サスケが知識をひも解いた。
 「リュオは、そういう技を持っているということかしら」
 「まず、そうでしょう……大丈夫だとは思うのですが」
 サスケが竜王の城の方を見やる。
 少し離れて1人、星の紋章を見つめていたロウガが、誰ともなく言葉を漏らした。
 「なんか、これ以前まえに見たことがあるような気がする」
 「なに言ってるの」
 ムラサキに掛けられた声に、ロウガはぱっと振り向いた。
 「とにかく、行くしかないってことだろ」ロウガはそう宣言して、舳先の方を見つめた。
 「そうね」「その通りです」
 船が、出航しだした。

後書き
 食べてるのはムースのつもりです。物語作者は、作者以上に頭がいい人物を書くことはできない、って本当だと実感してます。