旧版・竜王のひ孫と(その三・地底宮殿)

お断り:この文章は、大きく改稿されました。改稿後のものはリンク先を見て下さい。


 階段の下には、堅固な地下道が続いていた。
 「私、安心したわ。崩れたりしたらどうしようと思って」
 「いや、ムラサキ。それは冗談ではなさそうだ」
 サスケは、分岐点で、先頭に立つロウガが選ばなかった方をムラサキに覘かせた。そこは割れてぐしゃぐしゃになった石くれで一杯になっていた。いつの時代にか、天井が崩れ落ちたらしい。
 「まぁっ」ムラサキが片手で口を覆い顔を青ざめさせた。「この道は大丈夫なの?」
 「おーいっ、何やってんだよ。早く行こうぜーっ」
 松明の揺れる光と共に、ロウガの遠慮ない大声が響いてきた。それが崩壊を招くのではないかと、ムラサキは恐る恐る天井を上目で見た。
 「安心しろ、ムラサキ。ロウガのカンは優れている。それに、もう一つ」
 「もう一つ?」
 だが、その疑問はロウガの叫びに集まってきた怪物たちと戦闘に入らざるを得なかったため答えられる事はなかった。

 「おいっ、外に出ちまったぜ! どうして地面の底に外があるんだよ?」
 ロウガがそう驚くのも当然だった。延々と続いた地下道を潜り抜けた先にあったのは、光と水にあふれる空間だった。そこには、こじんまりとしていながら上品な造りの屋敷が立っていた。様式は古めかしく、古都ラダトームと似た雰囲気を感じさせた。
 「どういうこと?」
 ムラサキはサスケの顔を見返したが、一行の知恵袋は口を開かずに面白そうな顔をしているだけであった。

 一行は屋敷の中に入った。その中はどこもかしこも掃除が行き届いて綺麗に整っており、あるじの性格をうかがわせた。地下道の中で頻繁に出くわした怪物どもは、気配さえなかった。いや、それどころか住人の気配が感じられない。ここに住むものはよほど少ない……あるいは、一人だけかもしれなかった。
 やがて、彼らは一つの広間に出た。その中央に据えられた玉座には、両脇に大きな角を生やした漆黒の兜に、白木の仮面、後光のように丸く大きく立った襟に足元まである青い長衣をまとった人物が座っていた。
 その人物が、彼らが入ってきたのを認めると、ゆったりとした動きで立ち上がった。
 「よく来た、ロトの子孫達よ。
 儂が、王の中の王、竜王……」
 「「竜王!」」
 ロウガはそれまで片手にぶら下げていた大金槌を振り上げ、ムラサキは杖を構えると呪文の詠唱に入った。
 「おぅ?」
 だが、肝心の「竜王」は表情こそ見えないもののその動きに戸惑っているようだった。
 戦う覚悟ができていないとはマヌケなやつ、突進しようとしたロウガの前に立ちはだかったのが、サスケだった。
 「君たち、落ち着くがいい。
 彼が何かしたか?
 まずちゃんと挨拶から始めるなんて、紳士的じゃあないか。
 まずは話を聞いてみよ……」
 「サスケ、あぶないっ!」
 ぽかっ、という間抜けな音がサスケの頭から響いたのはその直後だった。
 「無礼な! 儂は女じゃっ」
 竜の首の形をした杖を振り下ろした「竜王」が、身構えを解いた高い声で宣言した。

 「……」
 「「「……」」」
 玉座に座りなおした「竜王」は口を閉ざしたまま困ったようにうろうろと左右に目線をやり、向かい合うロトの子孫たちも口を開けないままでいた。
 「おい、なんか言えよ」
 このにらみ合いを破ったのは、闘いでもまず突っ込むロウガだった。遠慮のなさ過ぎる言葉に、年上の親戚二人が白い目で見る。
 促されて一層激しく首を振り出した「竜王」が、救いを見つけたように広間の隅に眼をやった。
 釣られて視線を向けたロトの子孫三人の眼に入ったのは、茶会でもするようなテーブルセットであった。
 「竜王」がやっと言葉を発する。
 「そっ、そなたたち……な、長旅で疲れておろう」緊張していたのか最初は詰まったものの、「竜王
の話し振りは次第に滑らかになっていた。「まずは、お茶でもいかがかな」

 「儂は、竜王陛下のひ孫で、リュオと申す」
 一行はテーブルセットに席を移した。その上には、リュオの取り出した柔らかそうな小麦色の焼き菓子とお茶が並んでいる。
 「オレ、ロウガ」
 「私はサマルトリアの第一王子サスケ、ロトの子孫です。こちらのロウガはやはりロトの子孫で、ローレシアの第一王子、そしてこちらは、」
 「あたしは、ムーンブルクのムラサキ」
 簡単な自己紹介が終わって、真っ先に口を開いたのはサスケだった。
 「さて、リュオさん。まずはその仮面をとってもらえますか?」
 「か、仮面をか?」
 竜王のひ孫は、仮面を両手で押さえるとぶるぶると首を振った。
 「顔も見せられない相手とは、話はできませんね」
 「そーだそーだ」
 便乗するロウガ。お茶を用意した動きからは衣服の下に尻尾や翼はないようだが、鱗なら生えているのではないかと期待しているのが丸分かりである。ムラサキがそんな少年を睨みつける。
 リュオはうなだれて後ろを向くと、仮面を外した。おずおずと見せたその顔は、ごく普通の――よく整ってはいるものの――若い娘のものだった。あまり人と会話したことがないのか、顔じゅうを真っ赤に染めている。
 「わ、儂は竜らしくないのじゃ。じゃが、竜王様のひ孫であるというのはウソではない。お父様も言っておられた」
 「それは分かりました」
 「そこで、頼みがあるのじゃ。心広く聞いてほしいのじゃ」
 「聞いてみましょう」
 「近ごろ、ハーゴンというものがのさばっておる。気に食わんのじゃ」
 意外な人物の名がでたことに、ロトの子孫たち三人は思わず顔を見合わせた。
 「儂はハーゴンに逢うたことはない。じゃが、彼奴の動きは大地を轟かしておる。お前達三人の足音が響いているように。儂にはその音が聞こえる」
 リュオはそこまで言って身を振るわせた。その時、ロトの子孫たちはかさばった衣装の下に隠された彼女の身体が意外と華奢なことに気が付いた。
 「だから、倒してほしいのじゃ」
 「なんだよ、魔物同士じゃないか。お前がやれば」
 ロウガの言葉が途切れる。きっちりと膝の上に揃えられたリュオの手が震えているのが見えたのだ。竜王の末裔としての誇りから、怖いとだけは言えないのだろう。
 「もちろんただとは言わぬ。よいことを教えよう。
 世界に散らばる五つの紋章を集めるがよい。さすれば、精霊ルビスの助けが得られるじゃろう。まずは、かつてメルキドと呼ばれた土地の南に向かうとよい」
 「情報だけかしら?」ムラサキが突っ込む。
 「失敬な!」
 「そうだ、ムラサキ!」ロウガがリュオの援護をした。「この菓子はウマいぜ。ムラサキの作るのよりウマい。食ってみろよ!」
 「いや、ロウガ殿。それは違うのじゃ」
 「なんだよ、竜王。もうくれないってのか?」
 「このようなものであればいつでも用意する。だから、また来てたもれ」
 「このようなものって、竜王のひ孫、どういう意味?」
 「なに言い合ってんだ、君たち!」サスケが止めに入った。「それで、リュオさん。頂けるものというのは?」
 「そこの櫃を開けてみるがよい」
 リュオは、自信ありげに玉座脇の宝箱を、ほっそりとした指の片手で示した。
 その中には、翼を広げた鳥の形の鍔をした長剣が入っていた。その鳥の形は三人にはよく見慣れた、ロトの紋章だった。
 「「「ロトの剣!」」」三人の声が揃う。
 「数十年前にラダトームより失われたロトの剣、ここにあったのか」サスケが感嘆した。
 「でもさあ」早速剣を取り上げたロウガが軽く振り回すと辛口の評価を下した。「軽いし、オレは大金槌の方がいいな」
 「第一、これはあたしたちから盗んだものじゃないの」ムラサキも辛辣だ。
 その言われ様に、リュオがおろおろしだした。
 「そ、それではこれはどうじゃ?」
 リュオは玉座まで駆寄ると、自らもう一つの宝箱を開けた。そこには一本の巻物が入っていた。
 「見てもよろしいですか」
 慌てて手渡そうとするリュオを制して、サスケは巻物をそっと手に取った。
 「ほーぅ」
 「なによ、それ?」
 「オレにも見せろよ」
 開かれた巻物には、主に青と緑で彩色された複雑な図形が描かれていた。あちこちに文字が書かれている。
 「この世界の地図じゃ。大地の声を元に、儂が魔法で作ったものじゃ」リュオが胸を張って説明した。
 「こんな形だったっけ? ローレシアはもっと大きいよ」
 「竜がくれたものなんか信用できないわ」
 「もう、君たちは黙って!」サスケが二人を止めた。「リュオさん、ありがとうございます。ハーゴンは、我々が倒して見せましょう」
 ロウガとムラサキの言葉に、またしゅんとしだしたリュオが面を上げた。
 「サスケ殿、頼んだぞよ。
 それから……」
 「それから?」
 「時には……」リュオが口ごもる。
 「分かりました!」サスケが快活に笑った。「何か進展があれば、必ず、ご報告に参りましょう」
 「うむ」リュオが、にっこりと笑ってうなづいた。

 彼らは再び地上に出た。
 「サスケがあんなに魔物に優しいとは知らなかったわ。彼女、美人だものね」ムラサキが天を仰いで嘆いて見せた。
 「まあ、待て」サスケが解説を始めた。「リュオは悪い魔物ではないよ」彼はもう一度、竜王の城を見回した。「なぜここはこんなに整頓されていると思う? 地下道を整備していたのは?」
 「彼女だって言うの?」
 「そのとおり、リュオは寂しいのさ。だから、人が安全に来れる様にしてあるのさ。
 魔物が出るようになって、ハーゴンを気に入らないのも本当だろう。
 それに、あの角。あれは張りぼてさ。首の動きで分かる。彼女は自分で言う以上に人に近しい存在なんだよ」