遠藤律子と松尾由美

 松尾由美先生の二つの作品、「おせっかい(幻冬舎単行本 2000/6)」と「ブラック・エンジェル(創元推理文庫 2002/5)」の表紙は共に、遠藤律子という方が描かれた、内容とは直接関係のなさそうで、しかもお互いよく似た、ヒエロニムス・ボス風のシュールレアリスムな風景画となっています(ただし絵の中に描かれたひとの数は少ない)。

f:id:Ryuou_5dai:20200812065835j:plain

「おせっかい」の表紙

f:id:Ryuou_5dai:20200812065921j:plain

「ブラック・エンジェル」の表紙

 この方、イラストレーターとしては聞かない名前ですが、検索してみる限りは、1997年に国立宮城工業高等専門学校に所属して「パッケージとしてのブックカバー・イラストレーションの試作」という論文を執筆された方らしいです。というのも、この論文の中にある、A・カミュ選書(おそらく架空)の「異邦人」の表紙やパッケージのモチーフやタッチがこれらとそっくりだからです。

f:id:Ryuou_5dai:20200812070745p:plain

論文の資料画像

 この二冊、本としてみたら、内容も出版社も全く異なり、どうしてこうなったのかがよく分からないです。内容と全然つながらない表紙はたまにありますが、この二冊の場合は、それはそれで雰囲気としていいのではと思っているので、経緯にだけ不思議さを感じています。
 時間の流れからは、論文に編集者さんか作家さんが注目して、本の表紙の依頼を次々した、はずなのですが。

 

 なお、ジャズピアニストの遠藤律子さんとは別人です。

アロイシャスとケルビーノ(付・松尾由美作品の猫たち)

注:この記事を私が書いたのは、「ニャン氏」シリーズ第三巻「ニャン氏の憂鬱」を読む前のことです。


 松尾由美先生の「ニャン氏」シリーズの探偵猫アロイシャス・ニャン(通称ニャン氏)、彼はだいたい真っ黒な猫で、顔の下半分と手足の先とお腹が白いタキシード・キャットなのだけれど、そういえば「ハートブレイク・レストラン ふたたび」で画家の佐伯先生に飼われることになった子猫も、同じ柄で性別も同じ雄だったな、と気づいた次第である。佐伯先生は大家たいかだからそれなりに財産もあるだろうし、老人でもあるから、亡き飼い主から財産を受け継いで資産家になったというニャン氏の境遇に通ずるものがある。

 ただ、問題の子猫の名前はケルビーノで、ニャン氏とは名前が違う。ケルビーノとはオペラ「フィガロの結婚」に登場する少年の名だそうだが、アロイシャスという名は登場しないし、作者名や、著名な演者名でもなさそうである。

 やっぱり、モデルが同じだけな別猫なのだろうか?*1

 ところで、ニャン氏のアロイシャスというファーストネームは何が由来なのだろうと不思議に思ってきた。ニャン氏シリーズはアガサ・クリスティーの「謎のクィン氏」をオマージュしていると思われるからだ。第一話のタイトル「クィン氏登場」が「ニャン氏登場」、語り手のサタースウェイトが佐多*2、主人が謎の死を遂げた屋敷に自動車修理の間の休憩に訪れてきた探偵役、という共通する筋立てと言った具合からである。それならクィン氏のフルネームのハーリ・クィンは道化師という意味の語ハーレクインのもじりだから、アロイシャスニャンも何かをもじったもの、でもなさそうだから困っているのである。

 ニャン氏のペンネームの「ミーミ・ニャン吉」は新美南吉のパロディだとすぐ分かるだけに、ネタがありそうなのにそれが分からないというのはくすぐったいものだ。


2020/9/2 追補

 「憂鬱」によれば、ニャン氏は元は野良猫だったそうなので、ニャン氏がケルビーノの後身という線はないようです。

 


2020/7/22 追記その一

 ハーレクインのフランス語形アルルカンやイタリア語形アルレッキーノとアロイシャスは頭の方の響きが似ているが、それが名づけの理由ならちょっと強引だと感じる。

2020/7/22 追記その二

 ハーレクインというのは猫の毛皮の柄の種類名でもあるそうだが、ほとんど白でしっぽと身体のすこしに柄が入ったもののことで、タキシードとは柄の面積が全然違う別物とか。

猫の模様と色・完全ガイド~遺伝子から見る毛のカラーパターン一覧リスト | 子猫のへや

2020/7/26(以降随時追記) 追記その三 松尾由美作品の猫たち
  • 「ニャン氏」シリーズ
    • ニャン氏:黒と白のタキシードキャット、オス。探偵猫、人語は話せず専属通訳が付いている。
    • サーシャ(第一巻のゲスト):ロシアンブルー(グレー)、動物プロダクションに属するタレント猫。
    • (無名)(第三巻のゲスト):白・ただし右のお尻に蝶のような黒いぶちあり、オス、とある外国の野良猫。*3
  • 雨恋/雨の日のきみに恋をして
    • 捨てられていた子猫たち。人の目には捉えられない幽霊の姿を見ることができる。
      • シロ:白くオスなので大きい。
      • トラ:茶色の縞のメス、シロに比べ小柄。
    • ダイちゃん:白地に黒ブチで豆大福を思わせ、名前もそれに由来する。主人公の後輩が飼っている猫。幽霊を見ることができるかどうかは分からない。
  • 安楽椅子探偵アーチー オランダ水牛の謎
    クレオ(ゲスト):真っ黒で毛につやがありスタイルの良いメス。引き出しを開けるという特技を持つ。
  • 裏庭には
    坂本宅から問題の裏庭に飛び出してきた猫:灰色っぽいまだら。
  • 落とし物
    猫から改良された猫人類
    • 「ぼく」:容姿不明。
    • チャールズ:しっぽの先は黒い。元の名は「ぶち耳」で「ぼく」の従兄、人間風の名前を名乗り眼鏡(ただし鼻眼鏡)をするような変わり者。
  • 九月の恋に出会うまで
    遠山不動産の飼い猫:キジ柄。主人公がマンションに入居するテコとなる。
  • 煙とサクランボ
    (無名):白い。大田垣のペット。
  • ハートブレイク・レストラン ふたたび
    ケルビーノ(ゲスト):黒と白の靴下猫、のどとお腹も白い、オス。
  • フリッツと満月の夜/ぼくと猫と満月の夜
    佐多緑子老婦人から純金の片耳ピアス(と歌手の名)を与えられ、知恵と満月の日に限り人間と会話できる能力を得た七匹の猫たちのうち、作中に登場した二匹
    • フリッツ:大柄な茶色のトラ猫、オス
    • ヒルデ?:ほとんど白で片耳・背中にグレーのぶち、小柄でかわいいメス
  • サトミとアオゲラ探偵
    ミーヤ:主人公の母の実家に飼われていたもの。既に亡くなっており、柄は不明。

 こうして見ると、寡作の割には猫の登場する作品が多い。
 このうち、モデルがいると明言されているのは「雨恋」のペアで、松尾家で幼いころの3か月飼われていたものと、単行本版「オランダ水牛の謎」のあとがきにある。また、彼らが貰われていった先で示したのが、引き出しを開けるしぐさで、これがクレオの特技になったとか。
 「雨恋」と「ぼくと猫と満月の夜」のペアは、柄は同じでも、体格・性別が逆になっている。微妙にずらしたのだろうか?

 ところで、「ぼくと猫と満月の夜」にも「ニャン氏」と同じく佐多という名字の猫と関わり深い人物が出てくる。この佐多老婦人は身寄りがないので「ニャン氏」の佐多くんと直接の縁続きのはずはないのだが、ニャン氏シリーズの方の佐多家の墓はどこか辺鄙なところにあるそうなので、日本海沿いのどこか田舎が舞台となった「ぼくと~」と妙に符合している。知恵を得た七匹の猫たちの子孫がニャン氏で、縁あって佐多一族と再びかかわりを持つということでも一向にかまわない。

2020/8/15 閑話

 「現場猫*4って、毛の色はグレーだけどタキシード柄ではないだろうか。「ニャ!」「推理、ヨシ! とニャン様はおっしゃられています」とやられても困るが。

 さらに「現場猫丸先輩」……猫丸先輩はどんな現場に顔を出してもおかしくないけど、とってもキケンなニオイしかしない。

*1:雨恋」に登場する二匹の猫はモデルがいるそうだ。

*2:第三巻の茶谷(チャタニ)も由来は同じか? そういう目で見ると、佐多の下の名前「俊英」を読み替えたサタシュンエイ、第二巻の田宮宴(たみや・うたげ)のタキュウエンもサタースウェイトを捻ったものに見えてくる。

*3:「ニャン氏の憂鬱」刊行に伴い追記。

*4: 現場猫とは (ゲンバネコとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

「異次元カフェテラス」松尾由美・著

 悪評は書くものではないと思うが、「異次元カフェテラス」は、かなりマイナーな本なので、あえて記録しておこうと思う。

 この本は松尾由美先生の初めての本であるが、正直言えばあまり面白くなく、無理に探してまで読むことはないと思う。ただ、この本はロック音楽について多く触れられているが、筆者はロックには全然詳しくないので、雰囲気が掴めていないから楽しめないのかもしれない。*1

 あらすじについて触れておく。日替わりの音楽(とマスターの服装)で劇的に雰囲気が変わる奇妙な喫茶店「EASY」*2、そこの常連高校生三人組了子(語り手)・エマ・和明の前に、トンプソンと名乗るオカマのような外国人女性が現れる。トンプソンはエマに望みのままの贈り物三つをする代わりに願いを一つ聞いてもらうというゲームを持ち掛けるが……というもの、もう少し大きな枠で語れば、異邦人が騒動を引き起こしては去っていくタイプの物語である。

 

 さて、なぜ面白くないのか?

*1:作者も分かっているのか、テープ(時代である)を送ればサントラを返すとあとがきで書いている。

*2:読みのイージーと異次元がひっかけられている。

続きを読む

DQ3の地名元ネタ一覧

 DQ3(ドラゴンクエスト3)の、いわゆる「上の世界」は現実の地球をモチーフにしており、(カタカナで表される)地名にもそれぞれ元ネタがあります。しかし、その全てを網羅したものはネット上にはないようなので、私の納得する内容で、作ってみました。
 おおむね冒険で訪れる順で並べてあります。

考察の詳細

ガルナとギアガの由来

テドンの由来

有りア反と零ベ

心あたりはあるのだが

 米澤穂信先生の古典部シリーズの短編「心あたりのある者は」は、ゲームとして推理を始めたのに、調子に乗って進めていたら、終わった時には目的を忘れていた、という、全体としてみたら喜劇な作品です。しかし、折木は本当にゲームの目的を忘れていたのでしょうか?

 折木は千反田がらみでは、「信頼できない語り手」であるというファン一般の評判があります。そういう目で見直すと、目的を忘れたとは明言していないことに気付きました。「理屈と膏薬はどこにでもくっつく」というきっかけとなったことわざは忘れてしまったようですが。当初の狙いから外れて千反田を感動させてしまったので、せめて目的を誤魔化した、と解釈することも可能ではないでしょうか。千反田の頼みはなんだかんだ言って結局引き受けているのに、今回に限っては理由の推理を拒否しているところも怪しいです。

 

 ここからはお遊びですが、そういうウラがある風に、原作に少し付け加えてみようと思います。追加部分にはアンダーラインします。


「いえ、そうではなく。これがゲームというなら、折木さんは、何かを証明するためにこれを始めたような気がするんですが……。なんでしたっけ」

 ああ。

 そういえば、最初のうちはそんなことを考えていたような気がしないでもないのだが。

 思い返す。そう簡単に理屈をくっつけるなんてできない、確か俺は、そんな風に言い放っていたのだった。しまったな。千反田の、いかにも感きわまったような先ほどの様子を思い返す。

 せいぜい俺も首を傾げる。ちょうど千反田の首と同じくらいに。放課後の地学講義室、二人で首をひねっている。

「なんだったかな」俺はとぼける。

「なんでしたっけ」千反田が返してくる。ふう、こちらは本気のようだ。

「お前が憶えていないものを、俺が憶えている道理もないなあ」

 今回ばかりは違ったのだが。省エネ主義の俺がゲームを持ち掛けるなんて、今日は最初っから調子がおかしかったのかもしれない。

「……では折木さん、推理してみませんか」

 見れば、千反田の口元が緩んでいる。真面目そうに装っても、その大きな瞳が笑っているのがまるわかりだ。やれやれまったく。俺は、できるかぎり最大級の、作り笑顔でこう言った。

「勘弁してくれ」

「凍りのくじら」辻村深月・著

 私には合わなかった一冊。

 「わたしのリミット」に似ていると聞いたので試しに読んでみたが、片親を亡くした女子高生が、不可思議な形でその親と再会する、と、おおざっぱに纏めれば同じとは言える。

 しかし、主人公の性格が斜に構えすぎで周りを見下しているところ、夜遊びなどの金遣いの荒いところは読んでいて不快になる。偉そうにいうお前は立派な行動しているのか? と突っ込みたくなる。こういう人物が、エピローグで成功者となっているのは伏線がなくて不可解でさえある。

 また話の流れでも、不自然な描写があって最後のオチが納得しづらいところは欠点だ。所属については過去当時のこと、プレゼントについては実際に買うシーンは出してない、食事も実際は主人公しか注文していない、ということなのだろうか?

 

 また、この本、「ドラえもん」へのオマージュあふれる本なのだが、かしこぶった使い方のせいか、それがぜんぜん響かないのが我ながら不思議である。